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2009.10.11 (Sun)

女将さんデビュー 

この日記は、”割烹屋の女将が書いている” という触れ込みなのですが・・・・
今のところ、全くそれらしい記事がありません。

けど、そろそろ書いていこうかしらね。
題して、「女将ヒストリー」

ほんじゃ第一回の今日は、ワタシが 「女将さんデビュー」 したいきさつについて 。
どーしてこんな事態を招いたのか、ご説明させてください。

あずき全身お辞儀


さて、まずは基本的な事なんですが・・・・
フツー 「女将さん」 というのは、自分の意思っつーより、むしろ ハズミ でなるもの。 
夫婦で店をやる場合は、たいていはご主人が主導です。

でね。
トーゼン、ワタシも、そのクチ。
何や知らんうちに、たまたま板前と結婚してしまいまして・・・
ふと気が付いたら 
「ええっ? (゚Д゚≡゚Д゚) もしかしてワタシ・・・女将さんちゃう?!
みたいな・・・・。




「でも、そんなの覚悟の上で結婚したんでしょ~?」 な~んて

おばさんウリウリ

皆さん的には、そう思うんでしょうがねぇ・・・。


いやいや、マジな話、ゼ~ンゼン。
あたしゃ店を手伝う気などサラサラありませんでした。

と言うかね…・
もちろん付き合い始めた頃は、ワタシだって考えましたよ。 

もし彼が結婚する相手に「女将さんが務まる」ことを求めているなら・・・・

その時は

「無理!」

いいえ ダメ

そう最初から、言っておかなければいけないな、って。
だって、ワタシみたいないなのに、水商売が務まるワケがない。


けど、そのことについては、逆に、彼の方から釘を刺されましてね。


「僕は店を持ったとしても

嫁さんと二人でやるつもりないからね」 な~んて

いいえ 結構

と、当時は、そんな風に言われていたのですよ。



なのでその時は、逆にワタシの方が拍子抜けしたくらい。

「 あっ?! そうなん…?」 

あずき顔苦笑

・・・みたいな。


けど、それさえ聞かせてもらえば、もう安心です。

なので、その後、彼の独立話が決まっても
ワタシは、お気楽にプロポーズを受けてしまったのよ。

が・・・

結婚直前のある日、改装中の店内を初めて見せてもらったところ

ワタシは、超 ぶったまげましたね! 


なんと調理場から見えない位置に


お座敷を作ってるじゃないですか・・・・ 


「ウソ~、カウンターだけだって話だったじゃん」

ショックで倒れる繰り返し


てか、あらかじめ聞いていた話とは、全然違う内装。
どう見ても、一人でやるには無理があるレイアウトなのです。


結局彼の意向は、周囲により、あっさり覆されていました。 
彼が 「ひとりで店をやりたい」 と言っても、周りの人は、全員反対だったのです。

けどまあ、冷静に考えればそうですよね。 
ひとりで店をやったとしても、カウンターだけでは、こなせるお客さんの数も限られている。
かといって、人を雇えば、それだけ経費がかかりますし・・・・。

だから、嫁ハンを貰うんだったら、やっぱ 使わにゃ損。
だってその店は、ぜ~んぶ借金で始めちゃったんですから

結局は、信じたワタシがアホでした

てか、お互いに、あまりお金の話をしなかったのが原因。
モチロンこれが結婚した後だったら・・・・

とことん話し合っていたと思うんですけどね~・・・・。

バカバカバカ 反省 汗



結局、婚約を解消する勇気もないワタシは

どさくさに紛れて 女将さんデビュー 。 

ああ・・・・、つまり・・・

あたしゃ、すっかり

彼に騙されたんですぅ~!


悔しい 地団駄





(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)



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09:00  |  女将ヒストリー  |  コメント(4)

2009.10.13 (Tue)

研修期間

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第2回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて。
流れ上仕方なく、女将さんとして店に立つことが決まったワタシですが・・・・

さすがに 「ぶっつけ本番ではアレだろう」 ということになりましてね。
開店直前になり、急遽、研修をすることになりました。

場所は、土瓶蒸し食べたあの店。(詳しくはこちら) 
そう、旦那さんの勤め先でもある、『割烹●●』であります。

彼はそのお店に、ナント18年弱もお世話になっていました。
つまり中学を卒業してすぐ、その大将の下で修業に入ったワケです。

とはいえ同じ板前でも、野心家なら、いろんなお店を渡り歩くハズ。
けど、うちの人の場合は、そんなこと、まるで考えないタイプだったみたいですね。

が、当時彼は30も過ぎており、そろそろ結婚しようというお年頃。
だけど、彼の勤めていたのは、個人経営の小さなお店ですから・・・
いくら繁盛していたとしても、払える給料には限界があるワケです。

ですから、当時、周り的には、「いい加減独立せい 」 というムード。
煮え切らない性格の彼にとって
ワタシとの結婚は、ある意味、ちょうどいいタイミングだったのです。

けど、研修とはいえ、基本、夜の商売ですから・・・

ワタシがやっていたことは

所詮

新人歌手のキャンペーン 的なもの。

新人歌手?!


とりあえず女将さんが、次々お客さんに紹介してくださるのですが

気が付くとワタシは、横に座らされて、飲んでいる状態。 

で、新しいお客さまが入って来ると席を移動し、再度、一献。

お酒を呑む


以下、延々その繰り返しなのです。



つまり、ワタシの研修は、ほとんど飲んでいただけ。



なので

・・・・・あんた、ホステスかっ! 


s-ボケとツッコミ

と、思わず自分にツッコミを入れそうになりました。



そしてさらに閉店後は、大将が、高級食材を味見させてくれる毎日。 


なのでワタシは、この数日間


「割烹の奥さんって、楽勝♪」

ウフフうふふ嬉しい


と思っていました。







が、

そんな頃、大将たちは、内心こう思っていたそうです。


「う~んあの娘・・・・


大将腕組み考える


あんな調子で、務まるんやろうか・・・・・」

 

(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)



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09:00  |  女将ヒストリー  |  コメント(8)

2009.10.17 (Sat)

女将のたしなみ

今日の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第3回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて・・・
改装を終えた彼の店には、小さなお座敷がありまして
そこにはなんと、”床の間風” のスペースまで設けてありました。

いえ
これがフツーの住宅ならいいんですよ。
別にどう使おうと、その家の人の勝手。
てか、現に我が家では、そこにすっぽり仏壇が入っていますし・・・。


仏壇にお参り


けど、お店の場合、これが何を意味するかというとですねー

要は、ここに 「お花を立てろ」 っつーことなのですよ。

あずきハ~ は~



けどまあワタシも

最初見た時はピンと来ず

「ふ~ん。で、誰が生けるの?」



s-あずきいかが


という感じ。



だってね
自慢じゃあありませんが、あたしゃ花なんて カルチャーセンターで1クールやったっきり。 
数年前に花嫁修業のつもりで、行ってはみたものの
「うわっ、つまんね…」 と、すぐに辞めてしまったのです。


が・・・・


そんなワタシに、いきなり花を生けろですと・・・?

あずき顔ワタシ



いえ
これがフツーの主婦なら、「毎日生けてある」 というだけで、じゅうぶんご立派。
お店にしたって、これが一杯飲み屋だったら、細かいことまでチェックされないでしょう。

けど、うちのような料理屋の場合、そういうレベルの話ではないんですよね・・・ 




下 コレ 指差し

”季節の花を、いい器に、上品に生ける” 


どうやら、これが女将さんの仕事らしい。





ったく

┐('~`;)┌

ムチャも、休み休み言え、っつーの。




けど、もう作っちゃったもんは、仕方ないわよね。
なので、ワタシは開店と同時に、またお花を習うことになりました。 

ただ今回は 以前やったとことは、別のお流儀。 
場所もカルチャーセンター的なところではなく、先生のご自宅です。

で、そこは、由緒ある旧家の別宅として建てられた、古いお屋敷。
黒壁で囲まれており、中には手入れの行き届いたお庭もありました。 
先生ご本人は、90に手が届こうかというお歳なのですが
とても品のいい矍鑠(かくしゃく)としたお方。

そして、お教室の時には、大変エレガントな先生の娘さんも加わります。

お花の先生

でね・・・
ここは、基本、紹介でしか入れないお教室ですので、来ている方も
お医者さんの奥さんとか社長夫人とか、いわゆる ”いいことの奥さん” ばかり。
どう考えても、ワタシ一人が場違いな感じでした。
けど、先生方が気を使ってくださったので、ワタシは意外と居心地の悪さを感じることもなく
そこへは7年近くの間、ほぼ毎週、お稽古に通ったのですよ。 

お教室のある日には、その日習ったお花を、そっくり店で生け替えます。
ですから先生方も、「みっともないお花を生けられては、うちの恥!」 と
ワタシを仕込むのには必死になってくださいました。 
他の奥さま方と違い、何回も何回も、繰り返し練習させられたものです。

モチロンこちらとしても、周りから 「死ぬ気でやってこい!」 と送り出された身ですから・・・
教室ではワタシひとりが、 「虎の穴 」 みたいな状態。
もー、ホント、切羽詰まっていましたね。

お花のお稽古


けど、その甲斐あって、人よりは短期間で上達できたみたい。
とはいったって、目の肥えたお客さまにとっては
”まだまだゼ~ンゼン” というレベルなのですが・・・。

ただ、移転した今のお店は、幸か不幸か床の間のようなスペースがないので
今は、テーブルの上や壁に、ちょこちょこっと生けるだけ。
以前のように、キチンと”花を立てる”ということはなくなりました。


店のお花


最初の頃はプレッシャーばかりで、楽しむ余裕など一切なかったワタシですが・・・
今は、あのお教室に入れてもらえて、本当に良かったと感謝しています。 

というのも、ああいう由緒あるお宅へ伺い、勉強させていただくことで
お花の生け方以外にも、襖の開け閉めからお辞儀の仕方・・・・
そいうった ”お作法” といったことも、丁寧に教えていただけましたから。
てか、品のいい奥さま方に混ぜていただけでも、ワタシにとっては、ずいぶん勉強になることがありました。

そういう経験を7年間した、ということだけでも
店で接客する際
自分の自信になっている気がするのです。







(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)



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2009.10.18 (Sun)

食欲VS睡眠欲

今日の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第4回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

店を開店して ”辛かったこと” というのは、ホント、山のようにありました。
まず極めて単純なことですが

夜、寝る時間が遅くなった、 とか。 

眠い あくび

「ふぁ~っ・・・」


あたしゃ自慢じゃありませんが、嫁入り前は、夜更かしが大の苦手
仕事から帰った途端、「風呂・メシ・寝る」 と、11時には寝るような生活をしていたのです。

ですから、彼みたいな仕事の人とは、付き合う時点で大変でしたよ。
夜、電話するにしても、ワタシの場合、通しでは起きていられないので
わざわざ1時に目覚ましをかけ、いったん仮眠するのです。 

で、ハナシが終わり次第、速攻でまた布団へ、という生活。 

あずき布団



そんなワタシが、結婚した途端に
今まで寝てた11時まで、お店で仕事をするなんて

もうね・・・・・

ワタシ的には
そんなこと、あり得な~い!

いいえ 違う



なので実はワタシ

当時は、お客さんがいる状態でも、時おりウツラウツラしておりました。


仕事中ウトウト


もちろん普通は、あってはならないことです。(ll∀)ァハハ-



で、なんとか無事、閉店まで起きていられてもですね・・・

そこから店の片付けをして、自転車をこぎ、アパートまで帰宅。


自転車 夜



あとは、「風呂・メシ・寝る」 とテンポよくいきたいところですが・・・・・

当時はオカンと同居してないので、家事は全部ワタシひとり。
まずは風呂を沸かすとこから始めなければなりません。 

で、その間に、洗濯物をたたんで、アイロンがけをして・・・
ようやく風呂からあがれるのは、いつも1時近く。
けれども、ワタシの場合、この時点でも、まだ夕食前。

いえ、もちろん、お客さんがいらっしゃる間は食べられませんよ。
けど、お客さんがひいた後なら
別に営業時間中でも、テキトーに食べりゃあいいのです。

ただねぇ・・
店じゃあ、いつお客さんがいらっしゃるか分からないでしょ?
なので、せっかく食べていても、なんか落ち着かないじゃないですか?

だからワタシは、
せめて晩ゴハンくらい、家で落ち着いて食べたい、って、そう思っていたのよ。
けど、結局、本当に落ち着くとなると、こんな時間。

だから、当時のワタシは、結局食べないまま寝てしまうことも多くてね・・
てか、空腹って、ピークを過ぎると、どうでもよくなっちゃったりするじゃないですか?


爆睡


それゆえ、その時のワタシは、かなり痩せてしまいました。
正直、”細い” を通り越して、むしろ”痛々しい”。
ちょっとヤバい感じまでいってしまったのです。



栄養失調
※画像はあくまでイメージです。





つまり・・・・
「人間には3つの欲がある」 と言いますが

当時の私は間違いなく


s-あずき数える (2)

睡眠欲 > 食欲 > ●欲 の順番。



けれど、そこまで食べられなくなったのは
要するに、生活サイクルの急激な変化と、仕事に対するストレス
このふたつが合わさり、激ヤセしてしまったのでしょう。
当時は寝ることだけが楽しみという、悲しい生活でした。


【追記】 けれども、ご安心ください。

あれから14年経った今のワタシは

断然 食欲>>睡眠欲。


今のワタシは、睡眠時間を削ってまで、ブログに没頭するような毎日。
それも、深夜ボリボリ菓子を喰いながらやっています。


お菓子食べながらパソコン





(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)

あ、ちなみに、今もうひとつの欲は、コレで~す。




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2009.10.20 (Tue)

半年だけのランチ

今日の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第5回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


うちの店、開店した当時は、 お昼もやっていたんですが・・・・・
その当時は、朝起きてから寝るまで、ず~~~~~~~っと、彼と一緒。
うちは子どもも従業員もいませんから、常に二人きりという状態でした。

ああ・・・

当時はお互い、どれだけ苦痛だったことでしょうか・・・

あずきいいえ分かんない


てか、うちの店は、人通りの少ない場所にありましたから
店を開いたからといって、そうそうお客さんは来てくれません。
特に、割烹というのは、割と入りにくいイメージですし・・・。

もちろん開店後ひと月くらいは、連日満員。
知り合いのご祝儀来店で、毎日大忙しでしたけれど
それが一巡してしまったら、すっかり閑古鳥の鳴く日々でしてね

テレビも何もない店でしたから、
「お客さん、来ないなあ・・・」 と、とにかく時間を持て余していました。

s-閑古鳥暇


(閑古鳥さんと、うちら二人)


けどね・・・
せっかくお客さんに来ていただいても
一度に大勢ご来店されると、それはそれで困ったことに。

今度は、ワタシの仕事が追い付いていかないのです。

うちの場合、料理以外は、ほぼワタシの担当。
接客はもちろん、飲み物全般や盛り付けといった、いわゆる調理補助。
で、合間には、追加の伝票も書きつつ、洗いモノもこなし・・・。
ひとりでアレもコレもやらないといけないので、頭の中はてんやわんやです。
当時は優先順位がつけられず、すぐにパニくっていました。

パニック 仕事


けど、そんなワタシに、彼はいつも

「ガッカリ」 という態度。

s-旦那さんバカにする


思い通りに動けないワタシに、彼は、いつもイラついていたのです。

ですから、毎日毎日

旦那さんに 「何やってんねん」 と叱られる→ ワタシ、悲しい→ 凹む、てか元気がなくなる 

「元気出さんか!」と、また叱られる→ ワタシ、悲しい→ 凹む、てか、喋りたくもない 

「カンジ悪い!」と、また叱られる→ ワタシ、悲しい→ 凹む、てか


「もう、 イヤや~!!」


バタバタ もうイヤ


・・・・みたいな。


自分は、しぶしぶ店を手伝っているのに、感謝されるどころか、叱られてばかり。
新婚なのに急に冷たくされ、「なんでやねん?!」 という思いでした。

なので、当時のワタシは、完璧に ウツ気味
毎日ドヨ~~ンと、暗い気持ちで過ごしていたのです。

あずき落ち込み



いえね・・・
もちろん、彼も苦しんでいたと思いますよ。 

自営というのは、結局のところが 「自己責任」。
”自分が始めた店がうまくいかない” という事実に、彼も打ちのめされていたのでしょう。
なのに、隣にいる嫁ハンまで、陰気でカンジが悪かったら・・・・
そりゃあ、当然ストレスもたまる。

けど、そういうことも、今は分かりますが・・・・

その当時は、お互いが、自分のことで精一杯。
相手のことまで思いやる余裕は、とうてい持ち合わせていませんでした。


陰湿なケンカ ムスッ



ですから、こうしてみると、やはり自営のツライ点は
”商売の好不調が、夫婦の関係にまで影響する”ことだと思います。
仕事とプライベートの線引きというのは、なかなか出来るものではありません。 

特に子どものいないうちらの場合、店だろうと家だろうと、結局はふたりきり。
嫌な空気になった場合、なかなかそれをリセット出来ない。

結局、ランチの集客は思ったようにいかず・・・・
拘束時間の長い割に、まるっきり儲からないという悪循環。

というより、それをやることにより、あまりにも夫婦関係が行き詰ってきたので・・・
結局、半年くらいで昼の営業はやめ、その分夜の営業に集中することにしました。


新婚早々訪れた夫婦の危機。


背を向けるうちら二人


うちらは、あえて昼間だけでも、二人が離れる時間を作ったのです。




(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)



コメント欄には当時の書き込みも残っていますが、気になさらずどうぞ。

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タグ : 自営業

11:30  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(14)

2009.10.21 (Wed)

帰るとこもナイ

今日の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第6回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて、
うちらがランチで行き詰っていた頃、また新たに、悲しい出来事が起こりました。
ワタシの実家が、家族バラバラになってしまったのです。
結局、父に裏切られる形になった母と妹は、住んでいた家を飛び出し
その数か月後、両親は正式に離婚しました。

けれど、そういったことを、ワタシはしばらく知らされていませんでした。
というか当時のワタシは、実家に出来るだけ連絡しないようにしていたので
まさかそんなことになっていようとは、夢にも思っていません。

ですから、それを知らされたときは

まるで、頭を拳銃でブチ抜かれたような気持ち。


電話でショック


が・・・・

なんとか昼の営業は、しました。
完全に ”上の空” ではありましたが、とにかく、するにはしたのです。

けれど、休憩時間になっても、心臓のバクバクが止まらず
ワタシには、心の持って行き場がありません。
もちろん彼には、一応話しましたが・・・・
うちの家族と彼とは、会った回数さえ知れている。
ワタシの気持ちが解ってもらえるとは、とうてい思えなかったのです。

うちの実家は、すごく複雑だったし、貧乏だったし。
子どもの頃から、嫌なことは、いっぱいありました。


けれど、今になって、また、こんな問題が起きようとは・・・・

ワタシはこの時、「神さまって、なんて意地悪なんだろう」 と思った。



ワタシは、とにかく一人になりたくて、川原まで走って行きました。


あずき走る



そして、しゃがみこんで、オイオイと泣きました。


泣く 悲しい



けど・・・
嫁いでいるワタシでさえ、こんなにショックを受けているんだもの。
家にいた母や妹は、どれほど辛かっただろうか。

ワタシは彼女たちのことを思うと、すぐにでも会いに行きたい気持ちでした。
そして、彼女たちに、「ワタシがついてるよ」「大丈夫だよ」 と言ってあげたかった。

けれど、今のワタシでは、店に縛られていて、会いに行くことさえ出来ない。
そして何より、今現在は、ワタシ自身が、全然大丈夫な状態じゃない・・・・・。

結局ワタシは何もしてあげられず
母はカラダ一つで、福井の実家に身を寄せることになりました。
本当なら、あのとき「一緒に住もう」 と言ってあげたかったけど
当時はそんなこと言える立場ではなかったのです。


が・・・、そのことをキッカケに、ワタシは少し変わりました。

もうワタシには、帰るところなんて、どこにもないのだ。
母だって妹だって、これからは自分ひとりで生計を立てていかねばならない。

ワタシがここから逃げ出したって、結局は自分ひとりで食べていかなければならない。
だったら現状を受け入れ、とにかく二人で借金を返していこう、と。

そんな風に腹をくくったワタシは、
ランチをやめて時間が出来た分、パートに出て働くことにしました。
他所で働くなんて格好悪いけど、もうそんなこと気にしていられません。
てか、パートだったら、時給何百円の世界。
とにかく行った分だけは、確実にお金が入るのですから。

そんな訳で、朝は家事を終えてから、3時頃までパートに行くようになりました。 
で、それが終わり次第、店へ行き、夜中まで女将さんの仕事。
家へは寝に帰るだけのようなもので、のんびり過ごす時間など、ほとんどありません。
で、その後その生活は、約10年続くことに・・・。

けれど、そのおかげで、借金の返済も終わり
途中からは、そのお金を貯金に回せるようになりました。
おそらく、そのときのお金がなければ、今のマンションのローンも組めなかったことでしょう。
結果として、彼のお義母さんや母と暮らせるようになったのですから
とりあえず、働きに行ってよかったと思っています。

でも、あんな生活・・・・・・
やはり、若かったから出来たんでしょうね。 
今から 「やれ」 と言われても、今の自分じゃ、体力的にも精神的にも無理そう。


ワタシは今でも、あの時のことを思い出すと、胸が締め付けられます。
あの時は本当に悲しかったし、自分は 「もう、誰も頼れないんだ」 と思った。


胸が痛い 胸が苦しい




ですから、今、母と一緒に住むことができ、お店まで手伝ってもらえる、この生活は

あの時のワタシからすると


カップを選ぶ

まさに、夢のような生活なのです。


(※なお、この記事は、2007年10月の記事に、加筆・修正したものです)



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2009.10.25 (Sun)

店での会話

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第7回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


「割烹料理とは」 の記事でも触れましたが、ワタシが店を始めて苦労したこと
というか、今でも苦手なことのひとつに、【お客さんとの会話】があります。

ワタシは勤めていた頃、旅行会社のカウンターで接客もしていましたし
ケーキ屋さんでバイトしたこともあります。
ですから、特に 「接客が苦手」 という意識はありませんでした。

けれど、旅行会社と割烹じゃあ、接客の質が、まるで違うんですよね。
それに、バイトと女将さんじゃあ、また全然違う。

要するに、うちみたいな業種は、会話も含め、店全体の雰囲気が問われるのです。
女将さんともなれば、そういった ”客あしらい” が、”出来て当たり前”という世界。

ただ、お店によっては、ご主人の方がよく喋る、 というパターンもありますよね。
女将さんがあまり目立たない代わりに、大将がすごく威勢がいいとか。

けど、うちの場合は
彼の方も、全然ダメ。

は~お手上げ

料理は出来ても、全く喋れないヒトだったのです。


というのも、彼が勤めていたお店では、トークは奥さんの独壇場。
とにかくひっきりなしにお話しする方だったので・・・・
大将や彼は、口を挟む隙もなかったのだそうです。

それに割烹の世界では、「板場のお喋りは、みっともない」 と言われることもあり
昔は黙々と仕事をするのが良しとされていました。
ですから彼の中では、お客さんとの会話は、基本、女将さんの仕事だったのです。

ただ、元々は嫁さんを 店に立たせるつもりのないヒトだったので・・・・
開店するにあたっては、「別に、おべんちゃらを言う必要はない。
” いらっしゃいませ” と ”ありがとうございます” さえ、キチンと言えればいいから」
と、言っていました。

けれど、やっぱ、それだけじゃダメなんですよね・・・
うちのような店のお客さまは
ある程度、店の人とコミュニケーションがあるのが、当たり前だと思っていますから。
てか、たしかに、カウンターの内と外で丁々発止のやり取りがあってこそ
割烹だと言えなくもない。

ですから彼の周囲の方は、皆さん、その点を心配しており
「この子、全然喋らへんからねー。その分アンタが頑張らなあかんよ」
と、ワタシに、かなり期待しているご様子。

ワタシ? 指さし


けど、そうは言われても、ワタシは、”行きがかり上”なってしまった、即席の女将ですから。
お料理やお酒のことを尋ねられても、知識は全部付け焼刃。
それにひきかえ、いらっしゃるお客さまは
しょっちゅういろいろなお料理屋さんに、出入りしている方ばかりなのですよ。
ですから、自信を持ってお話しすることなど、出来ようはずもありません。

「下手なことを言って、軽蔑されたらどうしよう・・・・」

タラー 汗

そう思ってしまうあまり、当たり障りのないことしか話せない状態でした。


それに、うちのような店は、いったんお客様がいらっしゃると
お帰りになるまで2時間位いらっしゃるのがフツー。
特にそれが おひとりさまの場合は、その間、ずっと話し相手にならなければいけません。
もちろん、店が忙しければいいのですが・・・・
ヒマで手が空いている場合は、放置しておく訳にいかないのです。

けれど、2時間も3時間もとなると、なかなか会話って続きませんよね。
世代も性別も違うのですから、話題を探すだけで大変です。

ですから、「あそこは、ふたり揃って愛想がない」 と、いつも言われており
ひどい場合は、「お通夜みたい」 と言う方まで・・・・。

お通夜のような店

(画像は、あくまでイメージです)


けれど、そう言われれば言われるほど、当時は、逆に身構えてしまうワタシ。
むしろ 「媚びたくない」 と、意固地になっていくようなところもありました。


が、あれから10年以上経った現在はというと・・・・

お客さんと喋ること自体は、全く苦じゃなくなりましたね。
てか、以前ほど緊張することもなく、割と地で話していると思います。

それに最初の頃は、義理で、それこそあらゆるタイプのお客さんが来てくれました。
なので、常に飲んでバカ騒ぎしたいお客さんにとっては
それこそ 「お通夜みたいな店」 だったのでしょう。
けれど、そういうお客さまに気に入ってもらおうとしても、やっぱ無理があります。
人間、合う合わないというのは、どうしてもありますから・・・・。

ただ、うちらは、あまりとっつきやすくない代わりに
いい加減なことや、その場しのぎのことだけは、言わないようにしてきました。
ですから、いまだにいらしてくださっている方たちは
そういう嘘のない部分を、気に入っていただけたのでしょう。
てか、結局、”合う” お客さんだけが残ってくださったので
気持ち的にラクになったのだろうと思います。

それに10年もやってれば、自然に話の引き出しも増えます。 
自分の体験なんて知れていますが、お客さまから、毎日いろんな話をお聞きしていますから。
常連さんには、ワタシのキャラもバレているので、今はヘンに気負うこともなくなりました。

けれど、それに甘んじてはいけませんよね。 


「いらっしゃいませ~!」


あずき顔挨拶

さあ、今日も本来の自分より、テンションを上げて頑張らなければ。



(※ なお、この記事は、2007年10月の記事に、加筆・修正したものです)



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2009.10.26 (Mon)

二足のワラジ

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第8回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

ワタシは、このブログを始める直前まで、約10年間
昼・お勤め、夜・女将さん という、二足のワラジ生活をしてきました。

その話を誰かにすると、たいていは「自分なら絶対出来ない」 と言われますが
けど、そりゃあ、そうでしょうね。
あんなハードな生活、ワタシだって、もう二度と嫌ですから。

特に最初に行った別の飲食店でのパートは、キツかったです。
時間的に合い、手っ取り早いので始めましたが
体力的にもハードですし、周りは、どうしても、ワタシを単なる主婦とは見てくれない。

てか、常に店のことを、根ほり葉ほり聞かれるので
それがものすごく苦痛でした。
仕事うんぬんよりも、パートのおばさんとの関係に疲れてしまったのです。

スイマセン


ですから、それ以降は、座り仕事で、出来れば黙々と出来るような
店とは真逆の仕事を探すようになりました。
働きに行ってまで、店のことは持ち出されたくなかったのです。

けれど、店と両立できそうな仕事となると、「やり甲斐」 などと言ってもおられず
とにかく、お給料をもらうためだけに働く日々でした。
パートを 「楽しい」 と思ったことなど、一度もありません。

が、最後にお世話になった職場だけは違いましてね・・・
半年だけという期限付きの求人でしたが、「ぜひやってみたい」 という仕事内容でした。

ただ、そこは障がい者の方をサポートするような施設で、半分お役所のようなところ。
面接には行ったものの、水商売のワタシを雇ってもらえるとは思えませんでした。
ですから、採用してもらえた時は、すごく嬉しかったですね。
たとえ半年だろうと、とにかく頑張ろうと思いました。

が、意外なことに、その職場において、ワタシは、すんなり受け入れてもらえました。
てか、思いのほか評判が良かったのです。

けれど、そちらへ行き始めた頃のワタシは、相変わらず彼にボロッカス言われる
ダメな女将。
なので、ワタシとしては、そんな評価に

「えっ、マジ?!」 という感じ・・・。 

驚く ビックリ


けど、考えてみれば、ワタシは事務系のOLだったのですから
その仕事の方が、ずっと本来の資質に合っているのです。

”向いている” 仕事をやらせてもらえたワタシは、久々に自分を取り戻せた気がしました。


事務仕事

で・・・・
やはり、そういう職場だと、似たような人間が集まるんですよね。
同僚とお茶を飲みに行ったりするうち、ワタシは気の合う友人まで得ることが出来ました。
そういった仲間と、昼休みに旦那の悪口を言い合ったり、休みには飲み会をしたり・・・
ワタシは一主婦として扱ってもらえることに、この上ない喜びを感じたのです。

思えば結婚以来ワタシは、常に 「女将さんとして、どうか」 を問われてきました。
どんなに頑張っていても、結局は店が流行っていなかったら、ダメな奥さん。
彼の思う基準からハミ出したら、もうそれでダメと言われてきたワケです。

けれど、一般人のレベルからしたら、決してそうヒドくもないのかも。
現に、水商売の世界では ”ノリが悪い” と言われたワタシが、ここでは、むしろ ”話し上手”。
それなりに気遣いだって出来る方でした。
つまり、人としてまで、ダメだった訳ではないのですよ。

結局、半年間のはずが雇用を延長してもらえ、そこには5年半余り、お世話になることに・・・・

あずきよっしゃ!
やった!

最後は人員削減で辞めることになりましたが
そこで認めてもらえたことにより、ワタシは自信を取り戻すことが出来ました。

店では、仕事をこなして当たり前。 
非難されることはあっても、あらためて評価してもらえることなどありません。
でも、職場では、何年振りかで褒めてもらえ、ワタシは、はじめて救われた気がしたのです。


うちの主人は、板前一筋の人ですが
それに比べてワタシは、なんといろんな仕事に手を出してきたことでしょう。

でも、「だから逆に、いいのかな?」 とも思います。

昔堅気で職人気質。
だけど、ある意味世間知らず・・・・
そんな旦那さんがいて、もう一方では、いろんな仕事を経験したワタシがいる。

お互いの足りない部分を補いあって、なんとか一人前になれれば・・・・・。


今までしたどんな仕事よりも、一番向いてないと思ったのが、この女将さん業。

けれど、何だかんだ言いながら、もう14年続けています。

不思議ですよね。

気が付いたら、今までやった、どの仕事よりも長くなったのですから。


女将さん



(※ なお、この記事は、2007年10月の記事に、加筆・修正したものです)




大変だったけど、履いて解ったこともあるの。
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2009.10.30 (Fri)

やり過ごし期間

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」の第9回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて、二足のワラジ生活により、多少の安定収入を得ることになった我が家ですが
店の経営は、相変わらずギリギリ。
先のことなど全く見えない暮らしぶりでした。

もちろん、「儲かる」 と思って、この商売を始めたワケではありません。
けれど、休みはたったの月2日で、あとは毎日、朝から晩まで仕事。 
生活を楽しむ余裕なんて、まるでないのです。

ですからワタシは、結婚以来、ずっとこう思ってました。


あずきガッカリ落ち込み

「ああ、一体何のために、こんなことをしているんだろう・・・」


こんなことなら、二人で勤めに出た方が、どれほど楽だろう。
自分の店になんかこだわらず、もう雇われ板サンで、ええやん・・・、と。

けれど、それを口に出すことはありませんでした。
もちろん態度には出していましたがね。

が・・・

ある日、ふとしたことで旦那さんと激しく言い合いになり

ワタシはついにその思いを、口に出して言ってしまったのです。


「もう、いっそ店はやめませんか・・・」 と。
 
ガマン わなわな 悔しい



けれどそれに対し、彼は何も答えてくれません。

なので、ワタシはもう一度聞きました。


「それとも勤めに行くことは、アンタのプライドが許さへんの?」



それを聞いた旦那さんは少し考えていましたが、しばらくして、こう答えました。


旦那さんつぶやく

「僕のプライドなんて、別にどうだっていい。 


 けど・・・・

 もし僕が他所の店に勤めにいったら


 あっちの店に迷惑がかかるからなぁ・・・・」





いえ、皆さんには、何のことか、サッパリ分からないと思いますがね。
彼の言う ”あっちの店” とは、以前勤めていたお店のことです。

あちらはうちと違って、彼が辞めた後も、相変わらず大忙し。
けれど、彼の後釜を入れても、すぐ辞めていく子ばかりなのです。 
なので、結局大将は、新しく若い子を入れるのは諦め
奥さんと二人だけで、やって行くことにしたのですが・・・
冬の宴会シーズンだけは、ひとりでは、仕込みがどうにも間に合いません。 

というのも、実はそのお店には、非常に手間のかかる鍋料理がありましてね。
それの仕込みが出来るのは、大将以外では、うちの人だけなのです。
ですから彼は、冬場はあちらのお店の分まで、仕込みを手伝いに行っていたのですよ。

けれど、もし自分が別の店に勤めてしまったら、もう、そんなことは出来ません。
彼が言わんとしているのは、要はそういうことらしいのです。


それを聞いたワタシは、意外な答えにビックリしました。

「えっ?」

ビックリ え?


まさか彼がこんなことを考えてるとは、思いもよらなかった。



けど・・・

ええ~っ! 

サーッ 引く

いくら、お世話になったとはいえ、よそのお店のことでしょう? 
自分や自分の嫁のことより、そのことの方が大事なの~~?



ワタシは正直、引きましたけどね・・・・

それと同時に

この日ワタシは、旦那さんの生きて来た世界を見せつけられた気がしました。

そして

「ああ、やっぱ、今はやめられない」

う~ん ポリポリ

と思ったのです。


ワタシひとりだったら、もう、いつ辞めてもいい。
けれど、あの人の場合はワタシと違い、中学を出たばかりの遊びたい盛りから
ずっとこの仕事一筋なのです。

そして、18年間も修行してきた末、ようやく自分の店が持てたというのに・・・・

今ここで諦めたら、そこらのフリーターの子たちと、同じ仕事をしなければならない。


18年って、やっぱ長いですよね。 

そう思うと、せっかく頑張ったその年月を、チャラにさせるような真似は
ワタシには出来なかった。


今、自分のわがままだけで彼を辞めさせてしまったら

ワタシは一生後悔するんじゃないかな。 
 
・・・・その時ワタシは、そう思ったんですよ。



とりあえず、今はしんどいながらも、なんとか食べてはいけてる。

だったら、もうちょっとだけ頑張ってみよう。


そして、ホントにホントに、本当に頑張って、

それでも、どうしようもなくなったら・・・・



そのときは、また、ふたりで考えたらいっか。



仕方ない 涙こらえる


この時ワタシはこう考え、それからしばらくの間、うちらは ”やり過ごし期” に突入するのです。




(※なお、この記事は、2007年9月の記事に、加筆・修正したものです)



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まさかオタクまで、”やり過ごす”つもり?(●・`д・)っ

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2009.10.31 (Sat)

本の世界へ

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第10回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて・・・・
一般的に、どのお店でも、お客さんの入りには ”波” があります。
営業している間、切れ間なくいらっしゃる、というワケではありません。
特にうちの場合は、一日当たりの人数も知れているので・・・・
正直 ”ひとりもいない” という時間帯も、けっこうあるのですよ。

けれど最初の店では、どこに居ようと、お客さんから丸見え。
店の人が休めるような場所は、一か所もありません。
ですから、いくら疲れていても、横になることは不可能。
もちろん、家に帰るワケにもいきません。
家に帰れば、片づけたい家事は山ほどあるのに・・・・・
とりあえず営業中は、持ち場を離れることは出来ないのですよ。

ワタシは、前の店にいる間、殆どこういう状況下に置かれていました。
つまり、常にスタンバってはいるものの、お客さんが来なければ出る幕はない、という。

もちろんパートしていた店でも、こういうことはありましたよ。
けど、そういう時は、紙ナフキンを畳んだり、細かなとこを掃除したり・・・・
とりあえず店主に向け、”仕事してます” というアピールをしてた。
時給を貰っている以上は、やっぱ働いていないとマズイでしょうから。

けど、自分の店では、別にアピールする必要もない。
てか、半日も店に居るのですから、そんなこと、いつだって出来るしね・・・。
しかも最初の店では、”雰囲気に合わない” という理由で、テレビも置いていませんでした。


さて、こういう状況のなか

オタクだったら、その時間を どう過ごしますか?


は~ん




あ、いえね



極めてノーマルな答えで、アレなんですけど・・・・




ワタシの場合は、本を読んでいました。


あずき読書


来る日も来る日も、ほぼ毎日のように・・・・。


本なら、場所もとらないし、音もしませんしね。
お客さんが来たら、すぐやめられますから、一番都合がいいのです。

それにワタシは、もともと本を読むのが好きでしたから。 
逆に 「眠くなってしまう」 という、旦那さんのようなタイプではありません。

けれど店をやるまでは、好きとはいえ、通勤電車の中で読むくらい。
だいたい、月に2~3冊のペースでした。
ですが店を始めてからは、悲しいかな、潰す時間は山ほどあります。
けど逆に、今度は、それに見合うだけの 本を買うお金がないのですよ。


ある意味これは、神さまの 「おぼしめし」 だと思ってるんですけどね。

貧しい我が家に対し、神さまはお慈悲を下さったのですよ。


神さま


それは、近所にあった 図書館 の存在。


図書館 小


うちの店は、市立図書館のすぐ近くだったのです。



シーンとした店内で、お客さんを待ってる時って、どうしてもネガティブになんですよね。

不思議と今では、「ああ、今日はアカンな」 くらいの感覚で、開き直れるのですが・・・・
当時は店がヒマだと 「今日も明日も、ずっとヒマ」 なように思いました。

そして何もせずボ~ッとしていると、考えるのは、こんなことばかり。


「ああ、せっかく仕入れた魚が、また無駄になってしまう~!」

あ~ん悔しい

な~んて。


けど、そんなことばかりを考えてると、店の雰囲気まで暗くなってきます。
なのでワタシは、現実を見つめないよう、もっぱら本の世界に逃避していました。

店を始めてからのワタシは、本当に沢山の本を読みました。
当時はパソコンを持ってなかったので、気になることは、すぐに実用書を借りて調べましたし。

けど、やはり一番読んだのは、小説・エッセイの類でしょうか。
とはいえ、思わず手に取る本というのは、やはりその時の自分を反映するみたいでしてね。
当時は割と、重い内容の本を好んで読んでいました。
三浦綾子さんとか山崎豊子さんのような重厚な作品は、この頃、ほぼ全部読破したのです。 

他にも当時読んでいたのは、どちらかというと、時代背景がちょっと昔の作品。 
現代小説でよく描かれる 曖昧な ”空気感” といったようなモノよりも
少々重いテーマでも、”深く掘り下げてくれる” 作品の方が、読んでいて気持ちがよかった。

それに一昔前の小説には、心のキレイな主人公が ”堂々と” 出て来ますからねー。
それに比べると、最近の小説は、もっと登場人物が ”弱っちい”。
なんだか読んでいても、腹が立ってきたのですよ。

ですから、この時の心理状態を考えてみますとね
当時のワタシの心の中には
時代遅れで不器用、ひたすら真面目なだけの自分たちを、せめて本の中だけでも
”肯定したい” という気持ちがあったんじゃないかと思うのですよ。

今読んだら、ちょっと照れくさいような内容でも
当時のワタシは、逆境に耐え必死に頑張る主人公に、やたら自分を重ねていました。


本の世界へ


(「氷点」の陽子に感情移入するワタシ)





けど・・・・

そんなに本を読んでた割には、ブログにこんな文章しか書けないのが残念。
どうやら読むのと書くのとでは

あずき顔う~ん

ずいぶん勝手が違うようです・・・・。




(※なお、この記事は、2007年11月の記事に、加筆・修正したものです)




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2009.11.06 (Fri)

旦那さんの入院

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第11回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて・・・
そんなこんなで、 ”やり過ごし期間” を過ごしていた私たちに
開店5年目の秋、あるアクシデントが起こりました。

それは9月末のある土曜日。
明日は、恒例の 「鮎パーティー」 という、要するに、ゴボウをさささがくアノ日のことです。

その日もワタシは、昼間パートに行っており、3時半ごろ店に入りました。

が・・・・

彼の様子が何かヘン。

ちょっとあり得ないくらい青い顔をしており


「ハ・・・、腹が痛い・・・。 フツーの痛さと全然違う 」


腹が痛い旦那さん

と、言うのです。



「こりゃあ尋常じゃない!」 と思ったワタシは、急遽、彼と医者に。

すると、その町医者で、「盲腸かも知れない」 と言われましてね。
紹介状を書いてもらい、今度は総合病院へ移動。

けど、検査してみると、どうやら盲腸ではなさそう。
胃カメラの写真で、腸の中でひどく出血していることが分かりました。
ただ、手術する必要はないようなので、少しホッ。

けど、検査に時間がかかり、この時点でもう9時過ぎです。



時計を見てビックリ


やば・・・


店には明日のゴボウが、手つかずで残されたまま。

ワタシは大急ぎで店に向かいました。 


サーッ 逃げる 走る



とはいっても、当時は全部包丁だったため、ワタシひとりで50本もささがくなんて・・・・
腕はダルいし、もう泣きたい気分です。

そしたら12時くらいでしょうかね
店を終えた大将から、救いの電話が!

結局そこからは、大将たちが手伝ってくださり
どうにか2時くらいには終わることが出来ました。

とはいえ、なんかもー ヘロヘロの一日。

クラッ 立ちくらみ 貧血



結局彼は1週間入院することになり、その間、店は臨時休業。
もちろん経営的にはキビシイのですが、ここでしっか治さなければ。

けど、基本彼は点滴して寝てるだけですからねー
ある意味、ワタシにとっては休暇をもらったようなものです。
彼の方からも、「オタク、病院に来ても、別にやることないんだからさぁ~、
この機会に、友だちと飲みにでも行けば?」 な~んて言われていましたので

あたしゃパートの時間以外、丸一週間、好きに過ごしていいのですよ。


s-あずきニヒッ (2)



けどさ~あ
いざ、そうなってみると・・・・

やっぱ、遊びに行く気になんてなれないのです。
彼が病気なのに、自分ひとりだけ飲み歩くだなんて。

てか、友だちに 「旦那が入院してヒマだから、飲みに行かない?」
自分から、そう電話するのも抵抗がありますし・・・。


なので、その間、ワタシが何してたかというと、アレです。

連日、プリントゴッコ で、ハガキを作る作業。

プリントごっこ作業


当時は、というか最近まで、うちにはパソコンがありませんでしたので
店には珍しく、うちの年賀状や暑中見舞いは、ずっと手作りのプリントゴッコ。
で、ちょうどその頃のワタシは、
「うちの”私製ハガキ”を、作っておいたいなぁ」 と思っていたのです。

お礼状などを出す場合も、あらかじめ店のハガキが用意してあれば
その場でサッと出せます。
しかもそれが手作りで、四季折々の図柄だったら・・・。


なのでワタシは、「こいつはいい機会だ」 と、連日せっせと製作しました。


で、その当時作ったハガキが、コレです。
 ↓  

私製ハガキ






ああ


彼の入院により、思いがけず手に入った自由な時間なのに・・・・


結局考えていたのは、店のことばかり。 
 

ワタシは、なんだか自分の貧乏性っぷりに、笑えてきてしまいました。





そして、その時ワタシはこう思ったのです。


う~ん 考える

「ワタシ本当に、店の仕事が嫌いなのかな?」 って。

 


(※なお、この記事は、2008年1月の記事に、加筆・修正したものです)



これのルーツは、プリントゴッコだったのかも。

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2009.11.07 (Sat)

それらしくなる決意

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第12回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

旦那さんの入院により店を休んでいた時期、ワタシはある方からランチに誘われました。
彼が修業していたお店の女将さんです。

この方は、いかにも 「お父っつぁん」 という感じの大将と違い、都会的でお洒落な女性。
この辺りでは珍しく、子どもの頃から、よく歌舞伎を見に行っていたという方です。
で、こういう方は、”いいモノを見て育った” という自負があるのでしょうね
画家だろうと陶芸家だろうと、誰がいらしても動じないのですよ。

それに、東北出身の大将に対し、彼女は実家がすぐ目の前という、バリバリの地元。
あちらの常連さんには、彼女の関係者も多いのです。
つまり、あれだけ繁盛なさった影には、奥さんの存在感も多分に影響しているの。

けれど、そんな奥さんの存在は
ワタシにしてみると、プレッシャー以外の何物でもありません。
とにかく、「あんなヒトと比べられても・・・」 という心境でした。

それに彼女は、誰とでも合うというワケではないんですよ。
むしろ、合わないヒトとは、徹底的に合わないという評判。
ですから当時のワタシですと、目が合うだけで緊張するようなお相手でした。

だのに、その奥さんと、ふたりっきりでランチですと~ 

そんなのワタシは、考えただけで

ブルブルブル・・・

あずき震える



今までは、どうにか嫌われずに来たけど、それは長い時間、まともに話したことがないから。
二人っきりで対峙したら、途端にボロが出そうです。
なのでワタシは相当ビビりながら、彼女の車に乗せてもらいました。

で、結局連れて行ってもらったお店は、ホテルの最上階にあるレストラン。
ちなみにここは6年前、うちらがレストランウエディングを挙げた場所です。
ただ、どうやら周囲の様子からして、奥さんは、ここの常連さんのようでして
慣れたご様子で、二人分のカレーを注文なさいました。

けどね
こういうとこのカレーって、アラジンのランプ方式じゃないですか。
で、薬味も、アホほどついてくる。

いえ
ワタシもカレーは好きですけどね
状況的には、土瓶蒸しのフラッシュバックですよ。
またしてもスマートな食べ方が分からず、ワタシは嫌な汗をかきまくりました。


キンチョーのカレーライス


けど、それはこっちの都合で、もちろん奥さんに悪気はありません。
それどころか会話の端々で、「よく働く」 とか 「頑張ってる」 と
意外と、今までのワタシを褒めてくださる。

けどね
やはり、それだけのために呼ばれたワケではありません。
奥さんは、ワタシの緊張がとけかけた頃、すかさず本題に入ったのです。

「ところであずきちゃん、お店で着る服のことだけど・・・」 と。


ランチのときの奥さん


当時のワタシは、仕事こそソコソコこなすようになっていましたが
相変わらず心のどこかに 「やらされ感」 のようなものがありました。

こんな仕事、自分がやりたくてやっているんじゃない。
仕方ないから、やってやってるんだ。(`_、^)フン!    ・・・・・・みたいな。

てか、今、あえて 「こんな仕事」 とまで書きましたが・・・・
本音を言えば、当時はそれくらいの意識。 
ワタシは、” 水商売をやらされている自分” が、たまらなく嫌だったのです。 

いえ、もちろん水商売自体を否定しているワケではありませんよ。 
ただ・・・・
自分がそれに向いているとは、とても思えない。
ワタシにとって水商売の女性たちは、自分と対極にある存在に思えました。

ですから、そういった考え方が、店での服装にも表れていまして。
店でのワタシは、頭をきゅっとまとめて、いつもカジュアルなエプロン+パンツというスタイル。 
つまりワタシは、あえて女将さんらしくない 格好をしていたのです。

知らない人が見たら、おそらく本屋さんか雑貨屋さんに見えるような格好。


書店員風な女将さん

けど、自分的にはそうすることで、多少なりとも、自分らしさを守っているつもりでした。


とはいっても、おそらく、お客さん的には、違和感があったでしょうね。
「お姉ちゃん、アルバイト?」 とも、よく聞かれていましたし・・・。

なのでね
ワタシは、痛いところを突かれたと思いましたよ。
そして奥さんは、さらに、こう続けられました。

「本当は着物を着るのが理想だけど・・・・
お互い狭い店だし、着物なんか着てたら大変よね。私も最近は、ちっとも着てないし。
けど、私は店を始めてから今まで、一度もパンツ (ズポン)は穿いたことないのよ。 
どれだけ冷える日だろうと、いつも必ずスカートなの。
もちろん私だって、家ではジーパンも穿くけどね 
お店でそんな恰好をしてたら、お客さんが興ざめするじゃない。
仮にも うちやあずきちゃんとこは、接待で使ってもらうような店なんだから
せめて ”それらしい格好” は、しておくべきじゃないかなぁ。」 と・・・・。


そしてね
その言葉と一緒に、ワタシは紙袋を渡されました。

で、その中には、真っ白なエプロン が2組入っていまして
それは、奥さんが、わざわざオーダーして作らせているのと同じものでした。



う~ん ポリポリ

う~ん・・・・・



ワタシは家に帰ったあと、すぐに今までのエプロンを処分しました。

そりゃあもちろん、いろいろ思うところはありましたけど・・・・
その時のワタシは、あえて苦言を呈してくれた奥さんの気持ちに、「背いてはいけないな」
と思ったのです。
「そこまで意固地になったらアカンやろ」 と。

おそらく本人が知らなかっただけで
それだけ周りでは、ワタシの評判が良くなかったんだと思います。

誰も言ってくれなかったことを、あえて言って下さったんだから・・・・
自分にとってこれは、ある意味、”最後の助言” なのだと思いました。


そして店を再開してからのワタシは、こんな恰好で店に出ることになりまして。 


白いエプロンの女将さん

以来、ずっとスカートです。


たしかに、最初は、めっさ、こっ恥ずかしかったですけどね。
やっぱ、まずは形から。

たったそれだけのことで、お客さんが納得してくれるのなら

「自分らしさ」 は別のところで使うことにしたのですよ。



(※なお、この記事は、2008年1月の記事に、加筆・修正したものです)




今日は別の意味でアキバ系女将・・・・。

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2009.11.14 (Sat)

嫌な予感

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第13回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて、自分で店を持つ場合、店舗選びは非常に重要な問題です。
チェーンのお店でさえ、出店する場所によって、お客さんの入りが違うのですから
店を決めるに当たっては、立地条件はもちろん、店の大きさや、駐車場の有無など
本来は、よーく考えた上で、決めるべきだと思うのですよ。

けどね
うちの場合は、もう、この段階でつまづいてしまった。
なんと、うちら二人は、その点について、ほとんど話し合っていないのですから。

要するに、あそこで開店したのは、ほとんど 成り行き
てか、彼が独立を決めたのには、実は、こんないきさつがあったのですよ。

ポリポリ 汗 苦笑

ワタシと知り合った頃の彼は、雇われの板さん。
けど、5つも年上なんだし、手に職があるのだから、「それなりの収入はあるかな?」
と思っていました。
が、どうやらそうでもないらしい。
OL時代のワタシはボーナスもあったので、年収でいえば、彼と同じくらい。
むしろ休みが倍あるワタシの方が、ずっと恵まれていたように思うのです。

でも彼は、それに対して、特に不満は持っていない様子でした。
独立してもっと稼ぎたいとか、もっと条件のいい店に移りたいとか・・・
そういう欲のようなものは、おそらくなかったと思います。

けれど、当時の彼は、もう30を超えておりましたのでね。
本人はともかく、周りが心配するワケ。
だって、彼は後継ぎではありませんから、そのお店をそのまま継げる訳じゃない。
ですから 「そろそろ独立する時期じゃないのか?」 と、周囲は気を揉んでいたのですよ。

もちろん、このまま居座ってもいいのですが・・・・
個人経営の小さな店では、従業員に払える給料にも限界がありますよね。
ですから、ワタシとの結婚を考えている彼は、そのへんも悩みのタネだったのです。

さて、そんなある日
彼の元へ、こんな話が舞い込んで来ました。
あるお客さんが、「自分のビルの1階が空いたから、そこでやってみないか」
と声を掛けてくださったのです。


やってみないか


しかも、彼が借りてくれるのなら、「格安でいい」
そのお客さんは、まるでタダ同然で貸してくれるような口ぶりだったそう。

ですから大将も、彼に考えてみるよう勧めたみたい。
特別よい物件でないにしても、家賃がタダ同然なら、失敗するリスクは少ないだろうと。

なので彼も、だんだんその気になってきましてね。
これはチャンスなのかも知れないと、前向きに検討し始めたようです。
てか、彼らは単純に、そのお客さんが 「好意」 で貸してくださるのだと信じていましたから。
お断りするのは、勿体ないと思ったみたいなのですよ。

たしかに、その金額を聞いたときは、ワタシも 「店の家賃にしては安いな」 と思いました。
ただ、安いには安いけど、その他の条件となると・・・・
立地条件や店の広さ、さらには建物の状態など、どれをとっても良い材料がない。
なので、ワタシとしては、安くて当然という気がしたのも事実です。

けれど、当時のワタシは単にシロートの彼女。
クロートの彼や大将が 「いい」 と言っているなら、「ふ~ん、そんなもんかな・・・」 と。
というか、当時は店のことに、関わるつもりもありませんからね。
別に余計なことを言う必要もないと思っていたのです。
なので、結局うちらはキチンと話し合うこともなく
彼は、そこでの独立を決めてしまいました。


さて、話は少し変わりますが
店を始める際には、たいてい ”改装費” というのも必要になってきます。

この物件は、以前お寿司屋さんが入っており、その備品は、そのまま残っていました。
けれど寿司と割烹とでは、案外勝手が違うんですよ。
ですから、いざ借りてみたら、想像以上に手を加える必要がありました。

最初は、あまりお金をかけないつもりだったのに
あれよあれよという間に予算が膨らんでいき・・・・

結局、家賃が安い代わりに、改装費が数百万。
そんなだったら、居抜き(即使える物件)の方が、初期投資が少なくて済んだのに・・・
けど、もう後の祭りです。

もちろん改装費以外にも、厨房機器や食器など、揃えるものは山ほどありますから
結局開店するには、相当の資金が必要になりました。

そして、うちの場合は、それをすべて借金で賄ったため・・・・・

借金の返済額が


毎月、家賃の倍に!!



s-あずきショック (10-2)



ああ・・・

これって一体どーなのでしょうか。



悪い予感はやはり的中し、次回のお話に続くのです。
(※なお、この記事は、2008年2月の記事に、加筆・修正したものです)



当時は嫁入り前なので、セコビッチを隠していました・・・。

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2009.11.15 (Sun)

大家さんからの通告

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第14回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて、うちが開店したのは、最も忙しい冬場。
ですから、彼は修業先に迷惑がかからないよう、開店ギリギリまで勤めていました。

よって自然、新しい店に関しては、ほとんど内装屋さん任せ。
もちろんワタシは、ノータッチです。

けれど、出来上がった店の感じは、けっこう小洒落てましてね。
やはり、あれだけお金をかけただけのことはあったのですよ。

が、しかし・・・・
いきなりショックな出来事がありました。
開店して、わずか1週間後の朝、なんと座敷の壁に穴が開いていたのです。

壁に穴!


しかも、その壁に穴を開けたのは、なんとネズミ。 

てか、修理に来てくれた内装屋さんによると、この建物はネズミだらけらしい。


ぎょえ~~っ!

s-あずきショック (5)


せっかくキレイな店を作ったのに、たった1週間で、この有り様。 
それも、”建物じゅうにネズミ” ですとっ!

けど、この事件は、ほんの触りでしてね
事態はこれだけで収まらず、これをキッカケに、次々問題が露呈していったのです。

まず、次に見つかったのは、下水の問題。
うちのすぐ下流のお宅で、度々下水が詰まってしまうのです。

もちろん私たちは、下水が詰まらないように、毎日注意深く流しを使っていました。
だって、もしそれが、うちのせいだったら、本当に申し訳ありませんからね。

けれど、どうやらそれは、使い方云々の問題ではないみたい。
このあたりは、下水を引くのが比較的早かった地区なので
下水管自体が、もう老朽化していたのです。
ですから、どうしても繋ぎ目のところに、砂のようなものが堆積してしまい
ある程度の月日が経つと、必ず流れが悪くなる、という繰り返しのようでした。

けれど一旦詰まれば、そのたび下水局を呼び、
うちの床下のマンホールを開けて、掃除しなければなりません。
てか、場合によっては、バキュームで出すこともあり
それのために、店が営業が出来ない日まであったのですよ。

けど、これを根本的に解決するには
下水管を、そっくり新しいのに取り替えるよりないそうです。
ただし百万以上かかるというその費用は、住民の負担。
ただ、うちは店子ですから、ここでいう住民とは、大家さんのこと。
けどまあ、けっこう大きな出費ですよね。

とはいっても、下水が流れなくなっては困ります。
ですから近隣のお宅は、ほとんど新しい下水管に取り替えていました。
もちろん、お隣さんも替えたいのは山々だったでしょうが、
どうやら下水管というのは、何世帯かで共用らしいのです。
なので、お隣さん単独では引けません。
ですが、うちの大家さんは自分が住んでいないせいか、取り替える気が全くない。

けれど、こんなことが度々あっては、店の営業に差し支えますからね・・・
私たちは大家さんに対して、早く直してもらえるよう、お願いし続けていました。

が、大家さんは、相変わらず、のらりくらり。


しかし、その2、3年後には、さらにショッキングなことが。

なんと、うちの店は
雨漏り までするようになったのです。

雨漏り


あらかじめ申しますが、うちが借りた店は、4階建てのビルの1階です。

いーですか

最上階ではなく、1階なんですよ!

あずき顔ゴルゴ


だのに、なぜ雨漏りなんかするんでしょうか?


ああ、今思い出しても、めっさ腹立たしい。



あずき顔悔しい

てかもー、ホントにビックリですよ・・・・。


結局、調べてみたところ、このビルは屋上の排水が機能しておらず
雨が降ると、まるで ”池” のような状態。 
おまけに屋上のコンクリートがボロボロなのです。

ですからそこに溜まった雨水が外壁を伝い、1階のうちの店まで、水がしみ出してくる仕組み。
外壁に面した入口やトイレなどは、雨がある程度降ると、必ず漏れてきました。

で、そのたび、ワタシはお客さんにバレないよう、天井付近に洗面器を置きに行くのです。

雨漏りを受ける


てか、そもそもここは、場所的にも、お客さんから 「行きにくい」 と言われる立地。
繁華街から1~2本奥に入っているため、夜は、街頭も少なく、むしろ真っ暗。
一見さんはもちろん、常連さんでさえ、「暗くて怖い」 という場所だったのです。

なので、ワタシはつくづく この物件を借りたことを後悔していました。
というより正直なところ、こんな決断をした彼を、ずっと恨んでいたのです。

けれども、いったん借りてしまった以上、おいそれとは移転出来ませんよね。
あんなに使った改装費が、丸々無駄になってしまうのですから。

なので、とりあえずは、ここで踏ん張るしかない。
私たちは大家さんに 「せめて、雨漏りだけでも直して下さい」 とお願いしました。
(;人;) (;人;)

しかも排水管が詰らないよう、うちらは屋上の掃除まで自分たちでしていたのですよ
出来る対策は、全てやった上でお願いしていたのです。

でも・・・・・
大家さんは、なんにもしてくれませんでした。
どれだけ頼んでも、あちらは 「直す金なんか、ない」 の一点張りです。

てか、それどころか逆に
「どうしても直して欲しいなら、それに見合うだけの家賃に上げさせてもらう
と言い出す始末。

ああ、今頃気がついても遅いのですが・・・・
そもそも この大家さんは、根本的にうちらの 「味方」 ではなかったのです。

というかワタシは、正直、一度大家さんが飲みに来ただけで、
どんな人柄なのかは分かりましたね。
いくらお酒が入っていたとはいえ、あそこまで人を馬鹿にするようなことを言うなんて。
私たちはあまりにも悔しくて、その晩眠れないほどだったのですから。



でね、そんなある日
突然、大家さんから 、『話がある』 と電話がありました。

それを聞いた私たちは、「もしかしたら雨漏りの修理の話かな~♪」 な~んて
期待して大家さんの訪問を待っていたのですがね。











でも、実際は、全然違いました。






大家さんは、その日やって来るなり、こう言ったのです。





「このビルは、やっぱ取り壊すことにしたから。
 
おたくらは、どっか別の場所に代わって」

大家さん顔





私たちは、あまりことに

頭が真っ白 になってしまいました。 


ムンク夫妻ショック



(※なお、この記事は、2008年2月の記事に、加筆・修正したものです)



昨日は嫌な予感が的中し、ダラ落ちしてしまいました。

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13:54  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(16)

2009.11.21 (Sat)

あちらの言い分

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第15回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


さて、前回、大家さんから、突然 ”立ち退き要求” があったわけですが、
なぜそんなことになったかを、一旦ここで整理してみましょうか。
とはいえ、けっこう入り組んだ事情なので、今日はまず、大家さん側の事情。
あそこに至るまでは案外長くて、時期としては、開業後6~7年目の出来事でした。

そもそもご本人は、もう定年間近のサラリーマン。
たまたま親から古いたビルを相続しただけなので、大家という自覚も、あまりありません。
けれど不動産なんて、持っているだけでは、税金分が自分の持ち出しですよね。
だけど、誰かに貸しておけば、多少の副収入が得られます。

そのビルは4階建てで、上は各階一戸ずつのアパートになっていました。
けれど、うちらがいた当時、入居していたのは、訳あり風の男性が一人だけ。

アパートとはいっても、風呂なしのボロボロです。
ですから、自分たちが借りようとは、とても思えないような部屋でしたね。
要するに大家さんは、”今ある状態で” 人に貸したいだけでした。

それに、どうやら、前の店子さん(寿司屋)は、夜逃げだったそうです。
ということは、おそらく家賃だって踏み倒されたんでしょう。

ですから、今思えば大家さんは、当時こんな感じだったんではないでしょうかね?


s-あずき考える (4)

では、ここから先は、大家さんの心の声です。

そういえば、あそこの店の若い衆に、なかなか独立出来ない奴がいたなぁ。
けど、ここの話を持っていけば、案外 「やる」 と言うかもしれない。
寿司屋の内装も残っていることだし、家賃さえ値打ちにしてやれば、飛びついて来るかも。
あそこの大将だって、いい加減独立させたい頃だろうから。

そうすれば、もうしばらく、このビルも使える。
とりあえず、うちは、貰えるものさえ貰えばいいんだから・・・・。

そんな感じで声を掛けたところ、一発で決めてくれた。
それも、ほぼ自分の思い通りの条件で。
やはり自分は、客であるという立場上、有利なのだ。

けど、うまくいったのは、そこまで。
あいつらに貸した途端、面倒なことが次々起こり始めた。

特に奴ら、最近は、雨漏りがどーのこーの、直せ直せとうるさいのだ。
おとなしいと思っていたアノ夫婦が、最近はワシに刃向って来る。

だから、あんまりクドいので、知り合いの業者に頼み、見積もりを書いてもらった。
それも、目いっぱいの400万で。
で、わざわざそれを見せて、「こんなにかかるから無理だ」 と説明してやったのに・・・

なんと、あの夫婦は、別の業者から50万の見積もりを取り、見せに来た。

「当座の修理だったら、これくらいで出来る筈です」 とか抜かして。

見積もり

ったく・・・

だれかに入れ知恵されたのだろうが、意外と面倒なことになって来たわい。

そりゃあ、それくらいで出来るのかも知れないが・・・
あんな店のためには、50万だって
投資したくない。
だって、今にも潰れそうな店じゃないか。
直したものの、やめて出ていかれては、うちとしちゃあ踏んだり蹴ったりだ。

それに、例の下水のことでも、隣が、かつてないほど騒ぎ始めた。
今までは耳の遠い婆さんだけだったから、煙に巻いてこれたけど・・・・
今回は、別居してる息子まで出て来たのだ。
あの様子だと、このままでは裁判にもなりかねない勢いだ。

けど、そうなったら、条件的には、うちが不利だろう。
結局今のままでは、うちも下水管の取り換えを せざるを得ない。
そうなれば、うちの負担分は100万。 
(-公-;)ウーン・・・・


だが、一生住み続ける隣の婆さんとは違い
うちは、このビルを建て替えるつもりなんてサラサラない。
だから、こんなビルのために、今さら100万払うなんて、とんでもない話だ。


だったら、そうか!この手がある。

大家さん なるほど

あの夫婦も上のおっさんも、この機会に出て行ってもらえばいいのだ。


そうすれば誰も使わないんだから、うちに下水は必要ない。
つまり下水管の100万も雨漏りの50万も、払う必要はなくなるのだ。

よっしゃ
この際、みんな出て行ってもらって、この建物自体を壊してしまえばいいのだ。
今さら余計な金を払うくらいなら、今が最高のタイミングだ。
遅かれ早かれ、いつかは壊すつもりだったんだから。
更地にして駐車場にでもした方が、この先、ずっと楽じゃないか。

とまあね・・・
彼的には、こんな思考回路だったのだと思います。

つまり大家さんは、いちばん金のかからない方法を考えたのですよ。
むしろ自分こそ、ヘンなことに巻き込まれた被害者だと思っていたのでしょう。


ほんじゃ、次回は、こちら側の事情です。

さ~て、思いの丈を吐き出しても、よろしいでしょうか・・・・・? 


(※なお、この記事は、2008年2月の記事に、加筆・修正したものです)



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11:36  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(16)

2009.11.22 (Sun)

こちらの事情

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第16回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

はじめに申し上げておきますが
ワタシ、世の中の揉め事というのは、基本 ”お互いさま” だと思っています。 
ですからね、
ワタシは何も、自分たちが全て正しいとは思っていないのですよ。

だって、そもそも契約する段階で、こちらが色々なことを、キチンと確認していなかった。
これが諸悪の根源です。
本来ならば、「あれ? なんかおかしい」
そう思った時点で、しっかり問いただすべきだったのに・・・・。

実は、後から聞き、驚いたのですが
大家さんとの間には、契約当日にも、あるトラブルがありました。
あらかじめ聞いていた家賃と契約書の家賃とが、違っていたらしいのです。

それまでは○万円と言っていたのに、見せられた契約書には、○万五千円

ハッ!


金額的にはわずかですが、フツーそんなの、あり得ないハナシですよね。

s-あずきは~ (2)


そもそも、最初、彼に声をかけて来た時は、本当に破格と言っていい金額でした。
なので大将も含め、その話は”大家さんの好意”と受け取ったのです。

しかし、いざ具体的な話になった途端、大家さんは前言を撤回。

「あれは酔った勢い」 と言い出し

大家さん 拒否 否定 ダメ

その時点で 家賃は倍 になっていたのです。


ですから本来なら、もうこの時点で、やめておくべき。
けれどアノ人は、それを言い出せず、そのまま話を進めてしまった。

で。それが実際ハンコを押す段になってみたら、さらに上乗せじゃない?
てことは、もう完全に、彼がナメられているとしか考えられませんよね。

なので、もしワタシだったら、その時点で、話を白紙に戻します。
だって、そういう相手では、先々信用できませんから。

けど、旦那さんの場合は・・・・・

そういうことを言えない人なのですよ。
同席していた大将は 「話が違う」 と言ってくれたそうなのに・・・。

彼は 「今さら5千円くらいでグダグダ言えない」 と思ったのか
結局 、契約書にハンコを押してしまった。


つまり アノ人って・・・・

信じられないくらいの世間知らず。

くやしい 地団駄

お人好しにも程があります。


ですから、今さら 「こんなハズじゃなかった・・・」 と言っても遅いのです。
私たちのしたことは、ある意味 「自業自得」 ・・・。


ただね・・・
大家さんの方に、もう少し
自分以外の人間を思いやる気持ちがあれば・・・
という気持ちはあります。

だって、そもそも、何故こんな欠陥だらけのビルを、人に貸したんでしょう。
ましてや、自分の知っている人間に・・・・。

いちおう借金は、ようやく返し終えたところでしたが
それだって、決して儲かって返したわけじゃありません。 
ワタシのパート代も足して、やっとの思いで完済したのです。

それに、いくら古いビルとはいえ、全面改装してからは、まだ6年。
ですから、店の中は充分使える状態です。
けれど、新しいところへ移った場合は
この店を、そのまま持っていける訳ではありませんよね。
内装的な部分は、ほとんど全て捨てて行くのですから、また数百万単位のお金が必要。
つまり、また一からやり直しです。

だけど、大家さんは、そのことについて、こう言いました。

「このビルが古いことは、誰が見ても一目瞭然。 
悪いけど、金をかけて改装したといっても、それはおたくらの判断ミスでしょう。 
そんなこと言われたって、こちらの知ったことじゃない」

エラソーな大家さん


たしかにそうなのかも知れません。
けど、この話は、そもそもアナタが、こう言ったからでしょう?
「○○君がやるのなら、別に儲けなしで構わない」って。
ワタシは情けなくて、声も出ませんでした。

もしワタシがアナタの立場だったら、将来ある若者に、そんな話は持って行きません。
でも、もし、”とりあえずの足がかり” として貸してあげるとしたら・・・

少なくとも改装の時点で、なんらかの助言をしてあげるでしょう。
ここでは何年やれるか判らないから、そのつもりで始めた方がいいよ、と・・・。


う~~ん・・・・

う~ん困る考える

ワタシの感覚がおかしいのでしょうかねぇ?



つまり、私らの ”将来” とか”夢”とか。
そんなものは、大家さんにとって、何の意味もないことだったんですよ。
全くの他人でない分、余計心が傷つきました。


てか、そもそも下水のことなんて、うちらと関係ない話じゃないですか?
”それはそれ、これはこれ” という問題なのに・・・・

あちらは何もかも一緒くたにして、全部私たちにぶつけようとしてくる。
だいたい、そこからしておかしいのです。
下水の費用を負担したくないばっかりに、うちらを出ていかせようとするなんて・・・・
考えてみたら、とんでもない話ですよね?

それに、急に出て行けと言われても、丁度良い物件が見つかるという保証はありません。
適当な場所で適当な広さで適当な家賃の物件なんて・・・・
おいそれとは、見つかる筈がないのです。

それに、ここでは、ある程度常連さんもついたけれど
場所を移ったら、この先はどうなることか。

つまり移転したものの、それが引き金となり、店を閉めるケースだってあるのです。
もし、そうなったら、うちらに残るのは借金だけ。

ねぇ大家さん

オタクそうなったら

うちらに責任取れるんですか?












てか


一体コレってなんやねんな。




私たちは何のために、あんな思いをしてきたのか・・・。



あずきウルッ(2)

















ああ


いっそ、すべてを投げ出してしまいたい。



s-あずき投げつける



ワタシはあの時


そんな気持ちになっていました。




(※なお、この記事は、2008年2月の記事に、加筆・修正したものです)




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13:34  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(14)

2009.11.26 (Thu)

思い出したくない気持ち

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第17回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

実は、例の立ち退きの話は、案外サラッと言われました。

なのでね・・・
逆にうちらは、キツネにつままれた感じ。
実をいうと、その場では、うちらは何の抵抗も出来ませんでした。

てか、むしろ彼などはキレてしまったのか、「ああ、そうですか」などと言い出す始末。

旦那さんつぶやく


それを聞き、ワタシが「え?!」と思っている間に

ビックリ 目が点

大家さんは 「ほんじゃ、そういうことで」とだけ言い残し、とっとと帰ってしまったのです。


けど、冷静になってみると、これってめっさ重要な問題。
ワタシは、なぜ彼がそんなことを言ったのか、訳が解かりません。
かといって、その場でワタシが、「アンタ、何言うてんねん!」と詰め寄れたかというと
それも出来ないタイプ。
ここはあくまで彼の店だ、と思っていたからです。

けれど、このまま放っておいたら、うちらが了承したと取られかねないんじゃないの?
てか、大家さんの言ってること、絶対おかしいし。
なのでワタシは、お世話になってるお客さんに事情を話してみました。

相談に乗っていただいたのは、Hさんという私たちの仲人さんです。
その方は彼が15の時からお世話になっているお客さんで、お仕事は建築関係。
ですからHさんには、店の事情も、ある程度話していたのです。
50万の見積もりも、Hさんのお世話で書いてもらえました。

そうしたところ、やはり 「そのままにしておいたらアカンやろ」 と言われましてね・・・
うちらはHさんに連れられ、さっそく弁護士事務所に相談に行くことになったのです。

結局その弁護士さんによると、うちらが出て行く必要は全くないそう。
ただ、彼が 「ああ、そうですか」 と言ったのはマズかったみたいね。

なので、「とりあえず、一筆書いておいた方がいいでしょう 」 と言われましてね
どうしていいか分からないうちらは、そのような処置をお願いしました。

けど、結局してもらったことは 簡単な書類を1枚書いてもらっただけ。
それを郵便局に持って行き、 ”内容証明郵便” で送るよう指示されました。
けど、そこに書いてあった内容は、超簡単。
要は「こちらは立ち退きに応じるつもりはありません」というだけのことです。

だのに、その書類を書いてもらうだけで、たしか3万円くらいは払いました。

ああ、そんなことなら・・・・・

あの場ですぐに怒り狂っておけばよかった。

てか、どうしてうちの人って、こんなにも気弱なんだろう・・・・。

あずき悔しいキ~ッ
も~っ!!


さて・・・
ワタシは最初の「女将ヒストリー」を書いている中で、実は一回休憩を入れています。
本来なら、前回の記事(「こちらの事情」)を書いた後すぐに、この「思い出したくない気持ち」
をアップする予定でした。
けれど、いざ書こうとすると、心臓がバクバク。

胸が痛い 苦しい 乳腺症

思い出すだけで、嫌な気持ちになるのです。


やはり、このへんのくだりを書こうと思うと、キレイごとだけでは済まされません。
当時のワタシの心理状態は、ドロドロのネチネチでしたから。
けど、そういう自分自身の醜い部分も、やはり書かねばと思い、いったん休憩を入れました。
多少苦痛を伴っても、ワタシは嘘のない内容で書ききりたかったからです。

そのドロドロネチネチの中には、大家さんに対する怒りも、もちろんあります。
けど、思い出してみてツラかったのは、むしろ彼に対する感情。
ワタシはこの頃、彼のことを、「どうしようもない人だ」 と、ある意味バカにしていたのですから。

そもそも開店した当初から、ワタシはこの店に対し不満だらけでした。
つまり裏を返せば、こんな契約をしてきた彼を恨んでいた。

何年経っても、店の経営状態は苦しいまま。
それはもちろん、自分たちのやり方にも責任があるのでしょう。
けど、根本的には、「こんな場所に開店したこと自体が間違いじゃないの?」
ワタシの中には、そんな気持ちが、ずっとありました。

場所が良くないうえ、座敷だって、ほんの4~5人しか座れない店。
せっかく鍋料理が名物なのに、これじゃあ宴会も出来ないという・・・
お客さんからしたら、ホント使いにくい店なのです。
しかも、雨漏りまでするなんて・・・。

ですからワタシに言わせれば、こんな店
お客さんが来なくて当たり前。

他が運動靴で走ってるのに、うちらだけ ”ワラ草履” で走らされているような・・・

わら草履で走る

ワタシは、ずっとそんな気がしていたのですよ。

「どんだけ頑張ったって、勝てるわけないやんか!」 ってね。


あ~も~っ!キ~ッ!





そうなのです。
ワタシはずっとずっと、こんな店、やめてしまいたかったのです。

店をやっていてもツライことの方がずっと多いし、働きづめで体はクタクタ。
ワタシはもう、心身ともに疲れ果てていました。

まわりには 「大丈夫、大丈夫」 と言いながらも、本心では
「こんな生活、いつまで続くんやろ・・・」
この先何年もこの暮らしが続くのかと思うと、正直ゾッとしていました。

もちろん、自分なりに努力はしてきたつもりです。
けれど、それを支えてきたのは、自分に対する 意地 だけでした。 

ワタシは、いつも通知表に 「責任感がある」 と書かれてきたようなタイプ。
だから、やめたくてやめたくて仕方なくても、どうしても自分の口からは言えませんでした。
そういうそぶりを見せることはありましたが・・・
ひたすら彼の方から言い出してくれるのを、待っていたのです。

つまり 「お前がそう言ったから・・」 と、後から彼に恨み事を言われたくなかったという
ただそれだけのことです。
それだけのことで、ワタシは続けてきたんですよ。

結局、うちの人は、商売が下手でした。
結婚するまではよく分かりませんでしたが、6年経ってそのことは、よ~く分かった。

もちろん、職人としての腕は確かですよ。
でもハッキリ言って、経営者には向いていない。
それは、誰の目から見ても明らかなのです。

ですから当時のワタシは、こう思っていました。

この人についていっても、きっと成功はしない。

なのでね。
ワタシは大家さんから立ち退きを言われた時、一方では
「やめるなら今がチャンス」 とも思ったのです。

今なら大家さんを悪者にして終わりに出来る。
「お前らも頑張ったけど、運が悪かったなぁ」
こんな風に、きっと周囲からも同情をひける、と考えました。

つまりワタシは、すごく嫌な計算をしていたのですよ。

書いていても、すごく情けなくなりますが・・・。




でも本当に、当時のワタシは、そう思っていたのですから仕方ありません。



あの時、そう思っていたのも、紛れもないワタシ自身なのですから。


あずき顔泣く


(※なお、この記事は、2008年3月の記事に、加筆・修正したものです)



今日はイタイ記事でごめんなさいね。

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12:44  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(18)

2009.11.27 (Fri)

居酒屋での会談

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第18回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

大家さんから立ち退きを通告されたあと、
私たちは、珍しく二人きりで飲みに行きました。
今後のことを話し合うためです。

いえね、もちろん ”これから大家さんに、どう対処していくか?” という問題なら
シラフの時に話し合います。
けれどワタシとしては、そのこと以前にハッキリしておきたい問題がありまして・・・。

それは、彼が 、今後どうしたいのか ということ。
ワタシは大家さん云々よりも、まず彼の本心が知りたかったのです。


では、今後自分たちはどうするのか?
考えられる選択肢としては、だいたいこの三つでしょうね。

 ① 移転して新たにやり直す

 ② 大家さんと戦いながら、今の場所にとどまる

 ③ いっそのこと廃業する



ワタシ自身は前回打ち明けたように、 ぶっちゃけ③ 「 やめたい」 と思っていました。
でも、この時点では彼に話していません。

てか、そもそも私たち夫婦は、ちょっと似たところがあるんですよね。
何かを決める時、”本当はこっちがいいかな~” と思っていても
とりあえず 「どっちでもいいよ」 と言ってしまうようなところが。
要するに、お互い、「相手に下駄を預ける」 というタイプなのです。

なので案の定この日も、腹の探り合いになってしまいました。
「どう思ってる?」  「てか、そっちはどう思ってる?」
お互いなかなか本音が出ず、時間だけが過ぎていきます。


座敷で無言で向かい合う


なのでね・・・
ワタシは、この期に及んでも ”かじ取り” をしてくれない旦那さんに
ちょっとガッカリしていました。

「ああ、どーしていつもこうなんだろう」 って。

あずき顔溜息

けど、せっかく話し合いの場を設けたのに、このままでは埒があきません。
なので、痺れを切らしたワタシは、彼にこんな提案をしてみました。



あのね。
たぶん、「移転して、やり直す」 のが一番 前向きな選択だと思う。

けど・・・
ワタシも最初の時と違い現実が分かってきたから、正直、また失敗するのが怖いよ。

ワタシは6年間店をやってみて、うちらは二人とも、商売に向いてないと思った。
うちらは、経営のこととか何も分からないまま始めちゃったけど
それが、そもそもマズかったんじゃないかな。

だからね・・・・
いったん自分たちの店は閉めて、また、別の店で勤めてみたらどうだろう?

てか、あなたは、結局、ひとつの店のやり方しか知らないじゃん。
けど、ワタシから言わせれば、あのお店は、ちょっと独特。
だから、もっと色々な店で勉強してみるべきなんじゃない?

で、そこで自信がついたら・・・・
改めて店を出すのもいいんじゃないかなぁ。



要するに、ハッキリ 「やめたい」 と言えないワタシは、いったんやめる という選択肢を提案したのです。

もちろんそれが 「いったん」 になるのか 「永遠」 になるのか・・・・・
それはやってみなければ分からないのですが。

「けど、とにかく一度休もうよ」

s-あずき苦笑 (5)

ワタシは半分お願いするような口調になっていました。





さて、それを聞いた彼は、どう思ったでしょうか?


おそらく彼だって、ワタシと同じかそれ以上に、辛い思いをしてきたと思います。

だからワタシは、彼も同じくらい ”やめたい” のだと思っていました。







でも・・・






彼はその場でキチンと答えを出しませんでした。




しばらく考えた末




「わかった。 その線でも考えてみる。


 けど、もう少し時間が欲しい」


旦那さん正座 (2)

彼は、そう言っただけです。








おそらく彼の心には、諦めきれない気持ちがあるのです。









でも、ワタシに、「大丈夫、任せておけ」 とは言えないのです。










ワタシは見ていて、それが痛いほど分かりました。













一方のワタシも、同じように悩んでいました。











ああ、今ワタシは こう言うべきなんだ・・・・・









と、頭ではそう思うのです。










けど、どうしても言えませんでした。










言ってあげなくちゃ、言ってあげなくちゃ・・・・



うう  どうしよう










なのに、どうしても言えませんでした。














ワタシは、あのとき、ホントはこう言いたかったんです。
















できれば笑って言ってあげたかったんです。


















「大丈夫だよ 。 また一緒に頑張るから 」



頑張る







だけどワタシは
                          

うう  どうしよう


結局、言ってあげられませんでした・・・。




(※なお、この記事は、2008年3月の記事に、加筆・修正したものです)



あれから、もう5年くらいたつので、今は客観的に書いています。
今のアタシから見ると、なんだか旦那さんもあずきはんも、痛々しいわよねぇ~。

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お母さん方、さあ応援おねがい。
※ちなみに昨日のバナー、例のあのイラストで作り直しましたぜ。
11:30  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(19)

2010.06.19 (Sat)

開眼

こんにちは、あずきです。

え~~~

ものすっごい、間が空いてしまいましたが・・・・・

苦笑 汗



今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第19回。

ですが、「 ”女将ヒストリー”って、何やねん?」 とか

「すっかり忘れている」 というアナタの場合

この際、読み返してみるという手もオススメですわよ。

m9(´^ω^`)


なので、1話目から読んで下さるという方は、ぜひ、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

では、いきなり佳境部分で恐縮ですが、さっそく始めさせていただきます。






結局、居酒屋では、何の結論も出ず・・・・
ワタシの心は振り子のように揺れたまま、翌週の営業が始まりました。

しかし一方では、例の ”内容証明郵便” を出したことがキッカケで

大家さんの怒りが爆発。


大家さん怒り爆発

「あんたら、これ、どーゆーつもりや・・・」
と、怒りの電話攻撃が始まったのです。


けど、モチロンうちらだって、こんなこと、やりたくてやっている訳じゃありません。
こうでもしなければ、また、いいようにされてしまうから
あえて、こんな手段を取ったのです。

とはいえ、このことを機に、大家さんとうちらは、明らかな敵対関係に突入。
表面上仲良くしていた頃に比べ、かなりしんどい状況に変わりました。

てか、この頃は弁護士さんのアドバイスのもと
裁判に備え、会話を逐一記録するような毎日。
こちらも言葉尻を取られないよう、細心の注意を払って話していました。

ですから当時は、

電話が鳴るだけで、ビクッ!

えっ! 驚く ショック

常に気持ちが張り詰めているような毎日だったのです。


あ、ところで、前回弁護士さんをお世話いただいたHさんという方は
修業してたお店のお客さんで、大将とは、もう三十年来の友人。
顔が広くて面倒見のいいHさんは、私たちの仲人でもあるのですよ。

ですから、その方的には、「なんとか力になってやろう」 と思ったのでしょうが
肝心の私たちが、なかなか煮え切らない。

なので、ワタシはある晩、Hさんに呼び出されましてね~

「結局、お前らは、どうしたいんや?」
と、単刀直入に聞かれたのです。

けれど、それに対するワタシの答えは

「実はどうしからいいのか、まだ分からない。

っつーか、”いったんやめる” ことも含めて、まだ決めかねている」 のだと・・・。

で、さらには

「Hさんならどうしますか?」


あずき顔は~

な~んて。


彼はともかく、Hさんが言うことなら間違いないだろう。
なのでワタシは、いっそ、Hさんに決めて欲しいとさえ思っていたのですよ。



ですが、それを聞いたHさんからは、予想もしなかった言葉が返ってきました。

てか

「お前ら二人とも、ええ加減にせい!!」

(ノ`Д´)ノ彡┻━┻


ハッ! ビックリ

いきなりワタシは怒鳴りつけられたのです。



そりゃあ、お前らが真面目にやってきたのは、みんなが知っとる。
だからワシらも、出来る限り力になりたいと思っとるんや。

けど、今までの話を聞いとると、なんやねん?
結局お前らは、何ひとつ、自分では決めれれへんのか。

てか、
フツーどこの家でも、人に言わんだけで、何かしらの問題があんねん。
けど、そういう問題を、必死になって乗り越えていくから
夫婦として、本当の絆ってもんが、生まれんねん。

せやのに、お前ら見てたら、いっつも相手に、遠慮ばっか。 
何年経っても、ず~っと、キレイごとばっかりや。

ほんで・・・、何?
ワシやったらどうするか、それが聞きたいんか?

なるほど。
教えて欲しかったら、教えてやってもええ。

だけどなー・・・・



お前らがその通りにして、仮にそれが失敗したとしても

ワシは

一切責任が取れん。



けど、そんなんは、当たり前のことやろ?

だって、実際やるのは

ワシやなく、お前ら二人なんやから。



てか、「あの人が、こう言ったから・・・・」 とか言うて

責任逃れするような生き方はするなよ。



だってこれは ”お前ら二人の問題” 。 


だから、どうするのかは、お前ら二人が
本気で話し合って決めなあかん。










え~っ ショック 


ガッビーーン!!




ワタシは、あまりにも突き放された言い方をされたので

正直なとこ、めっさビックリしました。

で、一瞬言葉を失いました。









ですが、そう言われて
目の覚める思いがしました。




そう


この時ワタシは、ようやく女将さんとして


本当の意味で、
開眼したのです。


開眼アニメ短め


(※なおこの記事は、2008年3月の記事に、加筆修正したものです)






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12:27  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(15)

2010.06.20 (Sun)

ワタシの人生

今日の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第20回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

前回Hさんに言われたことは、耳の痛い内容でしたが
正直なところ、ズバリ核心を突かれました。

ですから、それを機に、
ワタシは自分自身と

寝ころぶ 考える

もう一度、向き合ってみたのです。


すると、自分自身が抱える問題点に、いろいろと気付かされました。

まず、以前ワタシは自分自身のことを、”とても責任感の強い性格” だと書きましたが・・・ 
それは裏を返せば、責任を取らなくてはいけないことを、”回避して” いただけ。
いつだって相手に下駄を預け、常に言い訳を用意していたのです。

ですが、そんなことは 「何の意味もないんだ」 ということに
ワタシはこの時ようやく気付きました。


今回の騒動は あくまで ”大家さんに騙された” のであって

「うちらは被害者」

s-あずきは~ (2)



そして、もしHさんのアドバイスに従い、失敗したら

「Hさんを信じたのに、失敗しちゃった」

s-あずきは~ (2)


要するにワタシは、自分の人生が上手くいかない理由を
全部、他人のせいにしようとしていたのです。

そのことに向き合ったワタシは
自分のズルさに、愕然としました・・・。

う~ん 考える





だって、いくら自分に ”言い訳” をしてみても

そして、いくら周りから ”同情をひけた” としても・・・


結局
その人生を引き受けるのは

自分自身なのです。



「もう嫌だから」 と言って、他人は替わってなどくれません。



そして、その ”自分の人生” というのは

誰しも、一回きりしかないんですよね。

s-あずき提言


そんな簡単で解り切ったことに

ワタシはこの時、ようやく気が付いたのです。





さらに言うなら
これは、ぜひ皆さんにも、自分に当てはめ考えていただきたいのですが・・・

人は、なにかに壁にぶち当たったとき
たとえば職場の問題なら、”その職場を辞めて、別の会社に転職する” とか
いっそ ”お見合いをして結婚しちゃう” とか・・・

本来それを望んでいた訳ではないのに
その場から ”逃れる ”という選択をしたりします。

そう、
それはあたかもトラブルに見舞われた船から、
慌ててボートに飛び移るヒトのように・・・。

船



ですが、一瞬は 「助かった」 ような気がし喜んだとしても

じゃあ、その乗り移ったボートは

この先、ずっと安泰なのでしょうか?

質問 提言 2



いいえ、そんなことはありませんよね。



だって、嵐が来ない海など

あずきいいえ分かんない
どこにもないのですから。



というか、そもそもワタシは彼と結婚する時点で
これで 「すっかり、落ち着ける」 ような、そんな錯覚をしていたのですよ。

独身者にとってみれば、結婚は、ある意味 ”安定”。
ですから、彼のように真面目な男性と結婚した自分は
落ち着いた暮らしを、「当然していけるものだ」 と思っていたのです。
少なくとも独身の頃のように、胸が張り裂けそうな出来事には
金輪際、無縁でいられるのだと思っていました。

ですが、そんな考えは

とんでもない間違いでした。


いいえ ダメ

別にワタシの場合が特別なワケではなく

結婚生活って、そんな甘いものではありません。



ですから、今、うちらが自分の店を捨て、就職しようとしているのは
「それと同じかも知れない」 と思ったんですよ。
今、先が見えなくて苦しいから、とりあえず楽な方へ逃げようとしているのだと。

だって、次また嵐が襲って来たら・・・・・

うちらは今度そのボートから、一体どこかに飛び移るつもりなの?

そして、そもそも、このトラブルを抱えた船だって

本当に、どうにもならないもの・・・?


ワタシはこんな風に、もう一人の自分と向き合うことで
だんだんコトの本質が見えてきた気がしました。

そうだ。
この嵐さえ乗り切れば、どこかの港で、また修理出来るかも知れないじゃない。
だのに、彼がせっかく手に入れたこの船を、こんな簡単に手放していいのか・・・?

今までは店のことを、常に他人事のように捉えていたワタシですが

この時ようやく、自分の人生 という目線で、店や彼とのことを考え始めました。

そして、ここで逃げたら私たちは、きっと夫婦としてもダメになる。
一緒にいる意味さえ、もう解らなくなると思ったのです。

だって、もともとが干渉し合わない性格の、うちら二人。
だから、この期に及んでも向き合えなければ
きっとうちらは、単なる 「同居人」 になってしまう。

そしてお互い心のどこかで、ずっと相手を責め続けて生きるのですよ。
自分は、これを望んだワケではないけど
相手のためを思い、こんな生活をしているのだと。

なのでワタシは、とりあえず
「店さえやめたら、ラクになれる」 とか 「店さえやめたら、幸せになれる」とか
そんな幻想は捨てることにしました。
だって、続けようがやめようが、結局人生は厳しいのですから。

けど、どっちみち苦労するんだったら、妥協じゃなく夢を選ぼう。

一度納得出来るまでやってみて
それでダメなら、その時改めて手を取り合い、一緒にボートに乗ればいいのだ。


こうして、自分の心をようやく整理出来たワタシは、彼に、こう言いに行きました。



頑張って新しい店を探しましょう。

OK.jpg



けど、その代り今度は

ワタシの納得する形でやらせてください、と・・・。



(※なお、この記事は、2008年3月の記事に、加筆修正したものです)





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2010.06.22 (Tue)

打開案

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第21回。 
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて
前回の記事で、気持ち的には、移転する方向に決まったうちらですが・・・・

店を移転するというのは、かなりのリスク。
もちろん費用的にもそうですし、下手したら、今あるお客さんも失くしかねません。

ですから本来であれば、
「これは!」 という、理想的な物件に巡り合った場合にのみ
移転というのは決断するべき。

ですが、うちらの場合
大家さんから、また ”やいのやいの” 言い出されましてね・・・・


あずきいいえ分かんない


というか、いったんは保留になっていた下水の問題なのですが
ついにお隣の息子さんが、かなり強硬に迫った模様。

それでね・・・

なんと大家さんは

「それじゃあ、もうお宅に迷惑を掛けないよう

大家さん電話

○月○日までに、このビルは取り壊します」

な~~んて・・・・


こんな約束を
隣の息子さんとの間で、「すでに交わしちゃった」 と言うのですよ。

けど、うちらには了解を取ってないので

「了承してくれ」 と言ってきたワケです。

は~お手上げ



ただ、最初はあくまでも、その ”期日前に移転” と、言ってきましたが・・・・

それだと半年もないので
「いくらなんでも、そんな約束は出来ない」。

ですが、この時点では、もう気持ちは固まっていましたのでねぇ
「必ずしも、ここに居座ろうとは思っていない」し
「いい物件さえ見つかれば、移転するのも、やぶさかではない」 とは、いちおう伝えました。

けど、だからといって、それを大家さんの都合に合わせろというのは、
いかにも虫のいいハナシですよね。
だって、その日までに移転できなければ、うちらは収入源を失っちゃうワケですから・・・。

ですから、なにも、○月○日などと、きっちり日にちを決めず
お隣には、うちらが無事移転するまで

「しばらく、待ってもらえませんかねぇ?」


質問 提言 2



けれど、大家さんは
そんなこと隣の家が、「認めるはずない」。

大家さん 拒否 否定 ダメ


というか、「自分では到底説得出来ない」 と言い張るので
結局は私たちが、お隣に 直談判することに・・・。

あ、ですがね
もちろん、あちら側の話に、うちらが出ていくのは、おかしな話なのです。

ですが、もうこの大家さんじゃ
絶対に、埒が明きっこない。

s-あずきいいえ


ただ、この時の大家さんは
うちらに、ある提案を持って来ていました。

それは、もしオタクが期日前に出て行ってくれたら
オタクの移転にかかる費用を、「一部負担してもいい」 というもの。
つまり、「立ち退き料」 的なお話です。

ですが大家さん的には、あくまで無駄金は払いたくないワケで・・・・。
そのとき提示された金額は、本来支払うハズの、下水の工事代以下。 
つまり、工事代を負担したうえ、結局出て行かれるくらいなら
うちらに多少の金を支払ってやり、早目にサッパリしたいという考え方です。

けど、正直なところ、うちらも
ここまで話がこじれた以上、もう落とし所は、「それしかない」 と思っていました。
ですから、ようやくその話が出てきて、うちらとしては、ちょっとε-(´∀`*)ホッ

てか、それに対する金額的な交渉とかも

やろうと思えば出来たんでしょうがね・・・

う~ん 考える


なんか、そういうことは、うちら、もう したくなかったのよ。
ただ、大家さんにだって、うちらに対して、多少の責任は感じて欲しかっただけ。

ですから金額的な面では一切交渉もせず
あとは自分たちの交渉次第と、うちらは、すぐに頭を切り替えました。
だって、裸で放り出されるよりは、やっぱ多少でも援助は受けておきたい。

ですが、上手くやる自信などは、全くもってありませんでしたよ。
というのも隣のおばあさんは、とにかく耳が遠くて有名なヒトだったから。
 
なのでワタシたちは、あらかじめ要所要所を紙に書いておきましてねー
それをおばあさんに見せながら、とにかく誠心誠意お願いすることに努めました。

ですが、おばあさんも、その場で結論は出せないでしょうから
いちおう同じ内容を、手紙にも書いておいたの。
で、「これを息子さんに、お渡しください」 と言い残し、その日は帰ろうとしたんですよね。

そしたらね
おばあさんは、なんともう、その時点で

「分かりましたよ ( - _ - )ノ」

いきなりOKしてくれちゃったのです。


なのでうちらは、何かの間違いじゃないかと思い


「えっ?! 返事は、なにも今じゃなくててもいいんですよ。


いいえ (4)

というか、息子さんに聞いた方が、絶対いいと思うんですけど・・・・」

みたいな。



けど、おばあさんは、「私から、ちゃんと言うから大丈夫」 と言うのですよ。

てか
「あんたらは心配しなくていいから
頑張って、いいお店を見つけなさい。」 



お婆さんに直談判



おばあさんは、うちらに、そう言ってくれたのです。



うちらは、その言葉を聞いた途端、泣けて仕方ありませんでした。

そして、このおばあさんのためにも

絶対いい移転先を見つけようと思いました。


(※この記事は、2008年3月の記事に、加筆・修正したものです)




ちなみに今回の記事あたりから、当初テキストブログだった「あずき日記。」が、イラストブログに移行しています。
なので、当時描いたイラストは、あえて、そのままに。
必死に描いたことが懐かしいので、少々お見苦しくても、ご勘弁くださいね。

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2010.06.23 (Wed)

店探し

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第22回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

お隣のおばあさんの温かい言葉に励まされ、私たちは本格的に店探しを始めました。
時期的には、8月の終わり頃です。

お隣からは 「慌てなくていい」 とは言ってもらえたものの
うちらの商売は、やっぱ年末が勝負。
ですから出来ることなら、なるべく早期に移転しちゃいたい。

でね
結果的には、3つくらい候補に挙がったのですが・・・
まず最初に店を見に行ったのは、ワタシの友人のお母さんのお店。
もともと友人から、「そこも移転を考えている」と、あらかじめ聞いていたからです

そこのお店は、たしかに割と良い場所にあり
なにより 「ビル自体が新しい」 のが、うちらには魅力でした。
ただ、問題は家賃でした。
というのも、この建物は、いわゆる 「リース店舗」 だったからです。

え~~
ご存知ない方のために申し上げると
この 「リース店舗」 というのは、内装部分も全て大家さんが
負担してくれる物件のことです。
つまり冷蔵庫や焼き台も最初から揃っているので、入居時の費用負担は非常に軽い。
ですが、その分の費用は、結局月々の家賃に上乗せしてあるので
長期に借りた場合は、年々割高感が募るのですよ。
うちとしては、出来るだけ長く続けたいと思っていたので
そこは縁がなかったと、諦めることにしました。

そして、その次に候補にあがったのは、地元の不動産屋さんからの紹介物件。
ただ、前の店と比較的近かった先程の店と違い、そこはちょっと離れ
駅の近くの店でした。

けれど飲酒運転の取り締まりが厳しくなって以来、
駅前の方が客足を伸ばしているのも確かなのです。
なので、それはそれで魅力的でしてね
家賃は許容範囲ギリギリでしたが、かなり食指が動いたのは確か。

ですがここは、うちらの前にも紹介したお客さんがあったそうで
一足違いで、その方が決めてしまった。
つまり、この物件も、残念ながら縁がなかった。

ですが、その話がポシャった後は、なかなか 「ここ」 という物件が出て来ません。

不動産屋が紹介してくるのは、ず~っと決まらない空き物件ばかりでした。


不動産屋で相談


けれど、ちょうどその頃、業界の中では、ちょっとしたニュースが流れました。
それは、ある老舗の料理屋さんが、「突然、夜逃げした」 という事件です。

なので、「じゃあ、あそこの後をやればいいじゃないか」 と
周りからは、そういう声も、多くいただきましてね~

もちろん、私たちにとって、その物件は、予算オーバーかつ広さもオーバー。
けれど、「あそこほど良い場所なら、もう一人雇い入れてもやるべきだ」 と
そういうアドバイスも、非常に多く頂いたのです。

なので、とりあえず、そのお店の中を見せてもらうことになりました。

が、店内に一歩入った途端・・・・・




店探し


ワタシは直観的に、「嫌」 なものを感じました。


てか、たしかに広くて立派なお店でしたが
おそらく売れそうなものは、片っ端から売り払われた後だったからでしょう。
電気も止められガランと薄汚れた店内は、なんだか恐ろしく感じたのです。

それは彼も同じだったようで、結局その物件は、即その場でお断りすることに。
ちなみにこの物件は、5年以上たった今でも、いまだに借り手が付いていません。

けど・・・・
思い返してみると、うちらが最初に借りたあのお店も、
はじめて見た時の印象は、全く良くはありませんでした。

ですが、「安いから仕方ないか・・・・」 と、要は、妥協に次ぐ妥協。
てか、ずるずる周りのムードに流されてしまい、結局は、あんな事態を招いてしまった。

なので今回ワタシは、

とにかく自分の感覚を研ぎ澄まして・・・


あずき集中


少しでも 「違う」 と思ったら、絶対やめようと思っていました。


もちろん、ここまで周囲を巻き込んだんだのですから、
移転しないと、”今さら格好がつかない”
・・・・・たしかにそういう雰囲気では、ありました。

ですが、最悪、条件に合う物件が見つからなければ
もうしばらくあの店に、居座ったっていいのです。


だって、最終的に大事なのは

面子ではなく

自分が引き受ける、これから先の人生 なのですから。



ですがまあ、とにかく、この3つには、縁がなかったということ。

ワタシたちは引き続き、自分たちの店を探し続けることにしました。


(※なおこの記事は、2008年4月の記事に、加筆修正したものです)





ここのところ、「女将ヒストリー」ばかり続き、申し訳ありません。
ですが、どうせなら一気にアップしていきたいので、もうしばらくお付き合いください。

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11:32  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(8)

2010.06.25 (Fri)

願ってもない話

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第23回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


しばし暗礁に乗り上げていた店探しでしたが、ある日、吉報が舞い込みました。
今はまだ営業中の店から、うちらに 「譲ってもいい」 という話が来たのです。

その話は、知り合いのバーのマスターが持って来た話でね
いつも通り、お店に飲みに来てもらった際
「なんか、お店探してるんだって?」 と
自然な感じで、話を始められたの。

けど、「譲ってもいい」 というのは、そのマスターのバーではなく
奥さんがやっているという居酒屋さんでね
そこは、まだやり始めて、二年くらいしか経っていないんですけど
最近、親の介護も必要になり
奥さんとしては、この際、店はもう畳みたいそうなのよ。

なので、「とりあえず、次やらない?」って
うちらに、その話を持って来てくれたみたいなんですけど

あたしゃ、そのお店の場所を聞いて

なんかもー ビックリ!


願ってもない


だって、そのお店は、ワタシが前々から

えらい気になっていた場所だったから。



てか、そこって、たしか以前は、割烹屋さんだったのよ。

なのでワタシは、その前を通るたび


「あ~あ、うちも、こんな場所だったらいいよなぁ~」 と


願ってもない


ジトッと、うらやましく眺めていたの。


かといって、そこは、やたら人通りがあるような場所ではありません。
というか、一本入ったところにある、小じんまりしたお店。

ですが、周囲には、老舗の割烹屋さんや、おでん屋さん・・・
それにジャズのライブをやるお店などもあり
なかなか落ち着いた、いい雰囲気の一角なのですよ。
ですから、うちらにとっては、ちょうどイイ感じの場所。

なので、あまりのタイミングの良さに

あたしゃ、もービックリ。


ビックリ160

しかも家賃も予算内だったので

うちらにとっては、願ってもないような話 です。



ですが、この物件にも、やはり問題はありました。

それはぶっちゃけ、お金の問題。
要するにそのマスターは、うちらにその店を 「買って欲しい」 と言って来たのです。

つまり、奥さんが店を始める際には、改装に相当なお金をかけた。 
だけど、たった二年でやめてしまうので、
そのときの投資が、まだ全然回収できていない。
ですが、その店自体は、即営業出来る状態なので
「店ごと○百万円で買ってもらいたい」 と言うのよ。

けど、こういう類のお金は、「権利金」 と言うのですが
景気の良かった頃はともかく、最近はそういうのって、あまり発生しないのよ。
なのでうちらも、その手の予算は、一切見込んでいない。
だから単純に言うと、ウン百万円の予算オーバーというワケ。


セコビッチ 家計簿 ケチ



それにね

この物件には、もうひとつネックになる点がありました。

それは大将の店と、あまりにも 近過ぎる ということ。

だって、その店と大将の店とは、わずか50メートルくらいの距離なのです。

ですから共通するお客さんとしては

それって、気を使いますよねぇ?


願ってもない

あずき顔苦笑


それに、そもそも、弟子がそんな場所に店を開くなんて、

周りからは、挑戦的 とも取られかねません。






あ~~あ・・・。


やはりこういう場合は


あずき顔悩む


見送るよりほか、ないのでしょうか・・・・?


(※なお、この記事は、2008年4月の記事に、加筆・修正したものです)




「願ってもない話」っつーか

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↑ 
「粘るのだ!ワタシ」
11:46  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(10)

2010.06.26 (Sat)

障害クリア

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第24回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


さて、今回持ち込まれた物件には、ふたつ気になる点がありましたが・・・

実は、権利金の方は、必ずしも払えない額ではありませんでした。

ただ、私たちが戸惑ったのは

もしかしたら
また、「カモ」 にされてるのカモ?鴨


う~ん 悩む 考える

ということ。


つまり今回も前回と同様、”お客さんから持ちこまれた話” 。
ですから、前回が前回たっだだけに、うちらは疑心暗鬼になっていたのです。

が、もうひとつ方の問題は、それよりさらに深刻でした。

というか、今回の話にも、いろんなご意見を頂いたのですが・・・

皆さん、物件自体は 「悪くない」 と言います。

ただ、やはり、ほぼ全員の方が

「(ー'`ー;)う~ん・・・・

近過ぎるけど、大丈夫か?」
と・・・・。



モチロンうちらとしても、あちらのお店との仲が険悪にはなりたくはありません。
ですから、「やっぱ、スッパリ諦めた方がいいのかなぁ」 ・・・と。

ですが、ちょうど大将の店に用事があり
久々に、あのお二人にお会いしたところ・・・

奥さんは、
「あずきちゃん、なんか、すごくイイ話が来たんだってね?!」

"ヽ(´▽`)ノ"

ワタシを満面の笑みで迎えて来るのよ。



で、「この際、近くにいらっしゃいよ~」

その物件を、かなり押し勧めてくるのです。



ですが、「近いったって、限度がありますからね~・・・


苦笑 (5)


と、ワタシ。


「おそらく、お断りすることになると思いますよ」

と、そう、お二人にお伝えしたのです。



ですが、それを聞いた大将は

ワタシに 「まあ、座れ」 と言い、こんな話を始めました。


あのな、あずきちゃん・・・・
あんたらが、なんで断ろうとしとるのかは、ワシらにもだいたい察しはつく。

けど、ワシらは、もう60や。
この店だって、あと何年やれるか分からん。

だから、もう今さら、欲なんてのは、別になんもないんや。
今あるお客さんのお世話だけで、ワシらは、もう充分。

それに、ワシの弟子と呼べるのは、結局あんたの旦那さん、ひとりだけなんや。
だから、なんとしてでも、あんたらの店には生き残っていって欲しい。

そやからな
ワシらに遠慮して断るのなら、そんなのは大きな間違い。

それに、○鍋(うちと大将の店共通の、ある名物鍋)目当てに来てくれたお客さんやったら、どっちかが満席の時でも、片方空いてたら紹介出来るやないか。

だから、お客さんらにしても、絶対その方が有難いハズやし
ワシらも、その方が助かる。

そやから、何も心配せんと
今のうちから、近くに来たらいい。

だって、いずれはうちのお客さんを、
あんたらには引き継いで欲しいと思っとるんやから・・・



つまり、本気でお二人は

「近くに来るべきだ」 と、お考えなのです。


大将と奥さん



けど、まさか、ここまで考えてくださっていたなんて・・・・


ワタシは、有難くて有難くて、

胸が熱くなりました。 (¶д¶)。



そして、そのことがあった二日後
うちらは今度、マスターの許を訪れました。
要は、金額的な部分で、「なんとかならないか」 と交渉に行ったのです。

ですが、こういった話は、フツー男性同士がやるものかも知れませんが・・・・
今回の場合、うちは、ワタシが先頭に立って交渉しました。

だって、前のように、後からブチブチ言うくらいなら
ちゃんとその場で言っておくべき。
先方に 「がめついお母ちゃんだな~」 と思われようが、もう、そんなこと、どうだっていいのだ。


マスターと交渉



ですが、ワタシが単刀直入にお願いしたところ
マスターは、その半額を、その場でスパッと引いてくれました。

けど、「もう、これ以上は無理だよ」

そして、こう続けたのです。

「○○君たちが、もし、この額でも無理だというなら
悪いけど、あの店は、よそに譲る。
というか、お前らに話す前から、○○という店からは、引き合いが来ているんだ。

だけど俺は、あそこの店のオーナーより、○○君たちにやって欲しい。

けど、俺がどう思おうが、君たちが見送ると言うなら仕方ない。
残念だけど、あそこには、近々○○が店を出すよ」


ワタシはそれを聞き、もう何の迷いもなくなりました。


青空



そしてマスターに、こうお願いしました。


「お金は、なんとか用意します。 


言う


だから、あの店は、うちらにやらせてください」







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2010.07.05 (Mon)

「いい人」だけでいいのか

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第25回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


さて・・・・・
店を始めた頃と、今とを比べてみると
一番変わったのは、
女将さん、つまりワタシの”ヤル気” だろうと思います。
最初は、嫌でたまらなかったこの仕事が
今では、「一生続けたい仕事」 に変わりました。

ですが、そうなれたのは
やはり、店の移転というのが、大きなターニングポイントだったろうと思います。
あの時、Hさんにビシッと一喝してもらい
ワタシはようやく、目を覚ますことが出来ました。

ですが、ちょうど同じ頃・・・・
Hさんの他に、もうひとり、うちらと真剣に向き合ってくれた方がいます。
そして、 その方が、そのとき投げかけてくださった言葉は
うちらにとって生涯忘れることの出来ない、大切なのひと言になりました。

でね
その方は、 I さんという内装屋さんなのですが・・・
そもそもこの I さんというのは
うちらの最初の店を、設計・施工してくれたヒト。

ですが、それ以来、うちらは店で困ったことがあると、何だって I さんでね
やれ 「ネズミが壁紙を破った」 だとか
やれ 「冷蔵庫の調子が悪い」 だとか
うちらは I さんに頼めば何でも直してくれると
すっかり I さんに、頼り切っていたのです。

それに、店舗設計が主な仕事の I さんは、
この街の飲み屋さんの中では、けっこう顔の利く存在でしてね
いろんなお店のママやマスター連れて来てくれ
地味なうちの店を、何気にアピールしてくださったのよ。

なので、うちらにとって I さんは、
ある意味、ブレーン的な面もある、兄貴的な存在。
ですが普段は冗談ばかり言い合っており、
そう真面目な話をした記憶もありません。

が、うちらがマスターからの話を、「もう断ろうか・・・」 としていた時

I さんは、うちらに向かい、こんな言葉を投げかけたのよ。

それは
「いい人」だけで、いいのか?


つまり I さんは、うちらにうこう言いたかったのです。


君たち二人は、すごく真面目だし謙虚だし・・・
だから、業界の中でも、君らの悪い評判は聞かない。
だけど、それに対して、あのマスターなんかはヒドイもんさ。(笑)
彼が今回、君らから権利金を取ろうとしたことについても
「君らが可哀そうだ」 とか 「がめつい」 だとか
中にはそんな風に言う奴もいるらしいよ。

けど、たとえそんな風に中傷されても
実際、成功しているのは、君らの店じゃなく、彼の店だ。
つまり世間っていうのは、上手くやってるヒトに対して、常に陰口を言うもの。

だから君たちも、ずっと 「いい人」 とだけ言われてて
それで、喜んでいていいのかなぁ? って。

むしろ、同業者にまで、そんな風にしか言われないっていうのは
要するに君らが 「どうでもいい存在」 なんじゃないのか?
つまり、誰からも問題にされてないんだよ。

出る杭っていうのは、必ず打たれるものだ。
だけど、打たれもしない杭でいいのか?

君たちは、まだまだ若いんだから、もっと欲を出さなくてどうする。
やると決めたからには、もっと上を目指せよ。




いい人


このとき I さんがうちらに言ったことは
根本的には、Hさんから言われたことと似ています。

つまり、うちらは周囲の目を気にするあまり、何事にも臆病になってた。
で、結局は何もしたいように出来ず、商売の楽しさも知らずにいたのです。

ですが I さんに、こう言われてから、ワタシは、いろんなことが吹っ切れました。
Hさんに言われたことと合わせ、
「これからは、自分が後悔しないように生きよう」
と、あらためて、そう思ったのです。

ですから、大将夫妻の気持ちさえ分かってしまえば
もう迷いはなくなりました。

で、お金の交渉も、彼に後から文句を言うくらいなら
自分が真正面からぶつかろうと思った。

その結果うちらは、あきめかけていた店を、納得した形で手に入れることが出来
そして、今回もまた、 I さんと、新しい店の相談を始めることに・・・。

I さんは、全然儲からないと知っていながら
うちらの申し出を、快く引き受けてくださいました。

そして
「よし! 今度は3人でイイ店を作るぞ!」


Iさん


うちらは3人で一丸となり、自分たちの店作りに取り組んでいくのです。



(※なお、この記事は、2008年5月の記事に、加筆・修正したものです)





「ぼかぁ、決して”いいヒト”なだけじゃないかねっ」

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「押せ!」 とスゴんでいるみたいです。
可哀そうなので、押してあげて下さい。(笑)

11:30  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(9)

2010.07.06 (Tue)

新しい大家さん、前の大家さん

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第26回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


さて、うちらが新しく借りることになったお店は
場所的にも悪くありませんし、広さも手頃。
とりあえず以前よりは、ずっと使い勝手が良さそうな物件でした。

ですが、この物件の難点は、木造で ”かなり古い建物” ということ。
なので、うちらとしては

「また立ち退きに遭ったら、ど~しよ~」 と


ジトッと見る (2)


それについては、まだ一抹の不安があったのです。


ですが、その点をマスターに確認すると
「う~ん、たしかに、古いことは古いけど・・・・
けどまあ、あそこは大家さんが、ものすっごくイイ人だからねぇ」
と、建物の話はさておき、急に大家さんの話に転換。

つまりマスターが言うには
あそこの大家さんは、すごくイイ人なので・・・
万一建物を取り壊すことになっても、ちゃんと店子のことは考えてくれる筈。
てか、間違っても前の大家さんのようにはならないので
その点は、それほど心配しなくていいと言われたのです。

で、それから程なくし
うちらは、その大家さんご夫妻に、初めてお会いしたのですが・・・・

ワタシは第一印象から

もー、ビックラこきましたよ。


え~っ ショック 


だって、大家さんの方が、うちら店子に対して

「このたびは 借りて下さって
ありがとうございます。」
 と

<(_ _)><(_ _)>

深々と頭を下げてくださったのですから。


夫婦でビックリ



そして、そこから、お互いに、いろいろな話をしたのですが
立ち退きまでの経緯を聞いた奥さんは

「ううっ、若いのに、よく我慢なさいましたね・・・」 と

(ノ_・、)

うちらの話に、もらい泣きしているのです。


それに、ご主人の方も

自分たちは、大家・店子双方が
「この人に借りてもらって良かった」「この大家さんから借りて良かった」 と
お互いに、そう思えるような関係が理想。

だから、自分たちは離れて住んでいるけれども
なにか困ったことがあったら、遠慮せずすぐ相談して欲しい。
だって、店子さんあっての大家業なんですから・・・・


と、うちらに感謝している点を、すごく強調なさるような方なの。

けど、このご挨拶は、まんざら社交辞令でもなさそうでね
うちの店は、三軒続きで同じ大家さんなのですが
他の二軒も、「ここの大家さんは、ホントいいヒトだよ」
と、どちらもマスター同様、大家さんを褒めちぎるのですよ。

ですが、うちらも実際お付き合いするようになって、すぐにそれを実感しました。
だって、この大家さんは、常にうちらとコミュニケーションをとってくださる。
てか、毎月町内会費の集金日には、わざわざ車で来て
自家製の無農薬野菜を、沢山届けてくださるのです。


大家さんの野菜


で、この野菜はそれ以外の時にも、月に~3度は持って来てくださいますし
たまにはご近所で作っているという、こんなイチゴまで貰えちゃうし。


↓ ウフフ
イチゴ



ですが、こんなに良くして下さる割に、うちら店子からのお中元やお歳暮は
「しっかり家賃を頂いてますから」 と、頑なに固辞なさるのよ。

けど、不具合の訴えには、迅速に対応してくださるという
前とは正反対の、超・良識派。

「同じ大家さんで、こうも違うのか」 と

Σ(゚∀゚ノ)ノΣ(゚∀゚ノ)ノ

うちらは腰が抜けそうなほど驚きました。



あ、でね
うちらと前の大家さんとは、あれからどうなったかと言うと・・・・

いちおう 「交渉がうまくいったら、お金を援助してくれる」 という約束でしたが

うちらは
”もしかしたら、また”シラを切られるかも・・・・” と


苦笑 汗
実際受け取るまでは、もう めっさ不安。


それに前の大家さんとは、一時、かなり険悪になった間柄ですので
ご自宅にそれを受け取りに行くということ自体
うちらにとっては、すごく気が重い行為だったのですよ。

ですが、予想に反して
その日の大家さんは、なんか、やたら優しくてですね・・・・

「お宅らには、いろいろとご迷惑をかけました ○┓ペコリ」

最終的にはあちらから、うちらに謝罪してくれたのです。


なのでうちらは、その言葉を聞け、胸のつかえが取れた気分。
当時は、本当にいろんな感情が渦巻いたけど
もう、この大家さんのことを恨むのはやめようと思いました。

だって、考えてみたら、あそこを借りたことで、出会えた人も沢山いるし
あそこで苦労した分、少々のことではへこたれない自分になれた。

なので、最後は気持ちよく別れることが出来、本当に良かったと思っています。
やはり、どんな相手であれ
ケンカしたまま別れるというのは、後味が悪いものですからね。


・・・という訳で、今の大家さんとは、今も、驚くくらい良好な関係を築けています。

ですから、皆さんには、いろいろご心配をおかけしましたが

”人生、悪いことの後には、いいこともある”

という

ウフフ 嬉しい


今日は、そんなお話でした。


(※なお、この記事は、2008年5月の記事に、加筆・修正したものです)



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そう、皆さんも、悪いことばかり続きませんからね~! m9(´^ω^`)

11:30  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(11)

2010.07.07 (Wed)

最後の仕事

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第27回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」

さて、最初の店を作った時は
なんせ、全てが初めての経験でしたから
当時は業者さんに何をどう頼んだらいいのか、それさえ分からない状態。

それに、予算もあってないようなものでしたので
本当に何もかも、まわりから 「言われるがまま」 という感じでしたね。 

けれど今回の場合、財布の紐は、このワタシがガッチリ握っているのですから・・・

あずき顔ケチ


とりあえず、借金は極力しない方向。
自分たちに無理のない範囲で、予算を立てることにしました。
なにも最初から、全部完璧じゃなくても
儲かって余裕が出来たら、また改装すればいいのだ。


ですが、そのとばっちりを受けたのは、間違いなく I さん。
だって手持ちのカタログで選んでくれれば、全部一発で揃うのに・・・

今回の依頼主、てかアタシは、いちいち言うことがシロート目線。
「こんなの自分たちでも作れるよねー」 とか
「こんなのホームセンターで買えば、半額じゃん」 とか
I さんの手間も考えず、とにかく言いたい放題なのです。

けど、実際のとこ、ホントにそうなんですよ。
照明だってカタログで選ぶと、どれも結構なお値段。
だけど、似たようなのをホームセンターで探してこれば、だいたい3~4割は引いてくれるの。

なので I さんは、
「ったく、嫁さんにはかなわないなぁ~ ┐('~`;)┌ 」 とか言いながら

でも、いつも快く応じてくれました。

ただ、「ここでケチると、あとあと後悔するぞ」 というところは
ちゃんと譲らずに教えてくれて。

あ、それに、そうそう。
以前、ワタシが傷つけてしまった例の I Hのテーブル
あれだって、既成品を買ったら、楽だったのですよ。

でも、少しでも安く手に入れたいワタシは
メーカーのHPで、 I H部分だけ買えることに気づいてしまいましてね~
既成品だとテーブルのサイズが気に入らなかったこともあり、

今度は
「ねえ、I さん、こういうテーブル、大工さんに頼んで作ってもらえない?」


あずきツンツンこのこのっ

と・・・。


つまり、うちの場合、小上がり(座敷)自体の奥行きが狭かったので
よくあるサイズのテーブルだと、座るスペースが狭くなってしまうのです。
なので、そうすっと、体の大きい方だと、床に落っこちる危険性もあるワケ。

ですから、そこは無理を言って、テーブル部分だけを大工さんに別発注。
で、最終的に組み立てるのは、モチのロン、 I さんです。

けど、そのおかげで、うちには丁度良い I Hテーブルが置けました。
しかも既成品よりも、だいぶお安く。

それとね、うちは二階にも小さい和室があるんですが
そこにもともとあった襖は、とんでもなくズタボロでして・・・・。

ですから、さすがのワタシも、新しいのを買うつもりだった矢先
今度は I さんが、レトロな硝子戸を、どっかから拾って持ってきてくれたのです。

けど、たしかに中の様子も見えてワタシも楽だし
なんだかレトロでイイ感じ。

ただ、建物自体があちこち歪みまくっていたのでね~
その戸は、ハマる予定が、
全然ハマらないのよ。

プッ ちょっと~


なので、 I さんは、その戸の上下を、どれだけ削ったことか。(笑)


けど、こうしていると・・・

ああ、やだ


グスン 泣く 涙

なんだか、あの時のことを、どんどん思い出してきました。



でも、 I さんは、全然嫌な顔しなかったなぁ。 


ワタシはあんなにコキ使ったし

あんなにケチンボなことを言ったのに・・・・


軽トラ




そして、移転オープンした翌年の春
今度はエアコンを買い換えるため、うちらはまた I さんに仕事を依頼しました。

けど、そのときの I さんは
少し痩せてて、声がおかしかった。

なのでワタシは
何度も何度も 「 I さん、大丈夫? ねえ、大丈夫?」 と聞いたけれど

I さんは、「大丈夫だよ。いつもと一緒だよ」 とだけ言いました。

ワタシは、「いつもと一緒のワケなんかない」 と思ったけれど
もうそれ以上、何も聞けませんでした。




それからの I さんは、すごく頑張って闘いました。 


だけど・・・・・



その年の年末
I さんは、肺がんで亡くなりました。





思えばワタシは、 I さんに、いつもいつも心配ばかりかけていました。


パニック


そして、無理ばっかりお願いしてた。


なので、亡くなったあと、ご自宅にお参りに行った際も

ワタシは
「うちらはまだ I さんに、何の恩返しも出来ていない」

悔しい悲しい涙泣く

と遺影の前で泣きじゃくってしまいました。


だけど奥さんは、そんなワタシに、「もう、いいのよ」 って・・・。



最後にやった あたなたちの仕事は

本人がやりたかったんだから、もうそれでいいの。


二人のことは、あの人、ずっと心配していたけど・・・


現に、ちゃんと新しいお店がオープンして

ふたりが頑張っている姿を見れて


あの人・・・

すごく喜んでいたんだから




 


今、うちらは、そばに I さんがいないと、心細くてたまりません。


I さんにもう会えないなんて、さみしくてさみしくて、たまらないのです。



だけど、I さん・・・


うちらは、これからも頑張ろうと思います。


だから、これからも、うちらのことを


ずっと空から


Iさん天使



見守っていてよね。



(※なお、この記事は、2008年5月の記事に、加筆・修正したものです)



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12:07  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(9)

2010.07.12 (Mon)

引っ越し期間

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第28回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


新しい店のオープンに当たっては
前の店をいったん閉店し、引越しのため、5日間の休みを取りました。

ですが、その間に、オープン後の料理も含め、全部準備し終えなければならないのですから、時間的には足りないくらい。
少しでも効率を上げたいうちらは、何人かの友人に、助っ人を頼みました。

で、まず初日に来てもらったのは、ワタシの女友だち。
店から運び出す荷物には割れモノが多いため、けっこう梱包作業が大変なのです。


女子2名



けど問題は、その運んだ荷物を

どこにどう収納するかでしてね・・・


う~ん困る考える


当然のことながら、前の店と新しい店とでは
収納のスペースやレイアウトが、まるで違うんですよ。
もちろん、あらかじめ、ある程度測ってはおいたのですが
正直、使い勝手的なことは、実際置いてみないと分からないワケ。

それに、うちは割烹ですから
奥さんがやってた居酒屋とは、食材や器も、その量が違う。
てか、うちの場合、前なかった冷蔵庫を2台も厨房に入れてしまったので
以前に比べ、ものすごくギュウギュウになってしまったの。

ですが作業効率を考えると、道具にしろ器にしろ、そばに置きたいモノだらけ。
なので、どこに何を置くかは、すごく頭を悩ませたところ。

結局、その都度動きを確認しつつ
自分たちで棚を作ったり、収納用品を探しに行ったり・・・

この期間、ホームセンターには
サーッ 逃げる 走る

一体、何度走ったかことか・・・、という感じ。


でね
翌日以降も助っ人は頼んでいまして
一人は定休日を狙い、ちゃっかり駆り出された、蕎麦屋の友人。
で、あと一人は、大将んちの息子さんです。

ですが、この息子さんは、なんとこの5日間

ずっと通しで来てくれたのよ。

ちょっと聞いて プッ

しかも、その子は、バリバリの理系。
うちらが苦手な電気系統にも、めっさ詳しく

ホント、プロのような仕事ぶりでした。


へ~ ほ~



ただ、この息子さんは、たまたまこの時期帰省していただけで
それまでは、遠くで働いていらっしゃったの。

だから、このタイミングで手伝ってもらえるなんて

うちらって
つくづくラッキー☆

s-あずき嬉しい (9)


とはいえ、大将んちのお子さん二人は
昔から、うちの旦那さんを 「お兄ちゃん」 と呼ぶような間柄なのよ。
それに息子さんにとっては、自分の得意分野でもあるので
むしろ目を輝かせ働いてくれたの。

ただ、この息子さんとワタシは
それまで、ほとんど話したこともない関係でして・・・
というか、こういう、ちょっとオタク的な理系のヒトって
あんま自分からは、喋んないキャラ。

ですが、最初こそ、「なんちゅー無口な子やねん」 と思ったけれど
ホームセンターへ何度も一緒に行くうち、次第に打ち解けてきてね
それに毎晩のように夕食も共にしたので
お互い酔っ払っては、大将んちの内情を暴露したり、ワタシも彼の悪口を訴えたり・・・。

けど、この息子さんが、最後までうちらに付き合ってくれたおかげで
どうにかこうにかオープンの体制は整ったのよ。

途中は焦って泣きそうになってたから
あの時、もし彼がいなかったらと思うと

ホント、ゾッとしちゃうわ。

苦笑 汗



それに、それまでは、旦那さん一人だけが、大将一家の ”ファミリー”って感じでね
ワタシ一人、どこか ”他所者” という気がしていたんですよ。

実家の家族もバラバラになっちゃってたワタシは
自分が頼れる相手など、”どこにもいない” ように感じていたの。

だけど、この引っ越し期間を経て
ワタシも周りのヒトと、”ファミリーになれた” ような気が。
少なくとも最初の頃に感じた「心細さ」を、今は感じなくなりましたね。


Hさんからは、あんな本気で叱ってもらえ

大将ご夫妻からは、うちらの将来のことまで考えてもらえ・・・・



血のつながりはなくとも


本気で関わってくれる人がワタシにもいるのだ。


嬉しい感謝


なんだかそう思うと

いろんなことが、怖くなくなったのです。






さあ、明日は、ついに移転オープン当日。


うちらにとって


タイタニック


新たな船出のときです。






さあ、「改訂版・女将ヒストリー」も、いよいよ大詰めだ~。

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(※なお、この記事は、2008年6月の記事に、加筆・修正したものです)

11:33  |  女将ヒストリー  |  トラックバック(0)  |  コメント(14)

2010.07.13 (Tue)

移転オープン

今回の記事は、「改訂版・女将ヒストリー」 の第29回。
なお、1話目から読んで下さる場合は、こちらからどうぞ→ 「女将ヒストリー」


さて、今の店を移転オープンさせたのは、開店8年目の11月初旬。
ですが、急に決まった移転なので、お客さんへの連絡には苦労しました。

いちおう7年以上、前の場所でやっていたので
それなりに常連さんはついていたのですが・・・

かといって、お客さん全員の住所を知っている訳ではありません。
移転案内のハガキを送れるのは、限られたお客さんだけなのです。

とはいえ、直接来ていただいたお客さまを含め
出来るだけ多くの方に宣伝はしたつもり。
だって、私たちが出て行ってしまうと、この場所は、すぐに駐車場にされてしまう。
知らずに来てくださった方は
「あれ? な~んだ、やめちゃったんだ~」 と、そう思ってお終いでしょうから。

ただ、移転の詳細を告げた方たちからは、おおむね
「出世だね。 おめでとう。(´・∀・`ノノ゙☆パチパチパチパチ」 という反応。
もともと前の店は、「場所が悪い」 「座敷が狭い」 と言われていたので
「遠くなって困る」 という方よりは、移転を喜んでいただける方が大半でした。


ところで話は、最初のオープン時にさかのぼりますが
実は、最初の店の開店日、うちらには苦い思い出があるのです。

というのも、フツー地元で店を開けば
当日は友人知人の来店で、満員御礼になるのが通例。
うちの店も、開店日には 「ぜひ顔を出したい」 という方でいっぱいだったのです。

けれど前の店は、全部で席数が10くらいという、なんともお粗末なキャパ。
どう考えても、その日中に、全員はお入りいただけません。

ですが、当日になり、さらにアクシデントが発生。
というのも、その日は朝から胡蝶蘭など、ひっきりなしにお祝いのお花が届けられるのです。
モチロンお祝いして下さる、そのお気持ちは嬉しいのですが
いかんせん、前の店には余分なスペースが全くない。

ですが、せっかく頂いたお花を、店の外に出してしまう訳にもいきませんのでねぇ・・
結局その日は、貴重な座敷が、一面、花専用置き場に・・・。

ムンク夫妻

お花だらけ


ですから、そのときの思い出は、ひたすら来ていただいた方に謝っていたような・・・。
とにかく、初日から散々なスタートでしたね。

なので今回はその時のことを踏まえ、親戚や友だちなどには、あらかじめ
「もう、お花はいいからね。 ヾノ;・`д・´)」 と、率直にお願い。
ですが、そのおかげで、ちょうどよいお花の量になりました。

ただ、今回の場合、座敷は上下階とも全部予約。
前の店には二階がなかったので、ワタシは、それがこなせるかが不安でした。

とはいっても、その宴会は、両方が、うちの 「移転祝い」 を兼ねた飲み会。
常連さんグループが、わざわざ移転日に合わせ予約して下さったのですから
多少段取り通りにいかなくても、ピリピリせず、とにかく笑顔でやろう。


お盆で運ぶ いらっしゃいませ

完璧にやることより、気持ちに応えることの方が大事だ。



思えば、最初の店を開店させたときは、ワタシもまだ20代。
あのときのドキドキ感やピリピリ感は、今も鮮明に覚えています。

ですが2回目のこの日のことは、なぜか、そんなに覚えていません。

もちろん予約だけでは終わらず、その日は上下とも2~3回転の営業。
入れ替わり立ち替わりで、大騒ぎだったハズなんですが・・・・。


ただ、今思うと最初の時のワタシは
”嬉しい” というよりも、とにかくいろんなことが ”怖かった”。てか、 ”ビビっていた” 。
そして皆さんから 「おめでとう」 と言われても、正直なとこ実感がない。

だって、その 「おめでとう」 は、あくまで独立できた、彼に対して。
ワタシはたまたまその場に居合わせただけという、要はそんな気分。

けれど、7年余りの紆余曲折を経て ようやく移転オープン出来たこの日


ワタシは来ていただいたお客さまや、「おめでとう」の言葉に対し

心の底から、こう思っていました。




「ありがとうございます」

そして


思い出

あずき全身涙


「これも全部、皆さんのおかげです」 と・・・・。






では、とりあえず今回の記事で、改訂版の「女将ヒストリー」は終了です。

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最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


(※なお、この記事は、2008年6月の記事に、加筆・修正したものです)
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